経済危機が起きると一瞬で巻き込まれる。そのことを私は1997年にタイで学んだ

経済危機が起きると一瞬で巻き込まれる。そのことを私は1997年にタイで学んだ

新型コロナウイルスはグローバル経済に大きなダメージを与えることになり、それが私たちの生活を極度に悪化させることになるのも覚悟しなければならない。「自分だけはうまく逃げられるはずだ」と思う人もいるかもしれない。しかし、それは疑問だ。かつて、私は天国から地獄に堕ちた国を目の前で見たことがある。誰もそこから逃れることができなかったのは、今でも強い印象として残っている。今の状況を見ていると、ふと「1997年の、あの頃に似ている」という思いが心によぎる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

私たちの生活を極度に悪化させることになるのも覚悟せよ

新型コロナウイルスを巡る危機がいつ収まるのか、それは誰にも分からない。今までパンデミックを頑なに認めなかったWHO(世界保健機関)も、とうとう今頃になって危険性を最高レベルに引き上げた。

新型コロナウイルスはすでに震源地であった中国から離れて、日本や韓国や東南アジアやEU(欧州連合)や中東やアフリカや南米に広がり、いよいよアメリカにも上陸しようとしている。

封じ込めに成功する国家もある。シンガポールや台湾だ。しかし、封じ込めに失敗する国家もある。日本や韓国やイタリアやイランだ。これからも封じ込めに失敗する国家は続出するだろう。

そうなると、新型コロナウイルスの収束はどんどん延びていく。それを収束できるのはワクチンだけとなる。ワクチンが開発されれば必ず収まるということだけは分かっているのだが、ワクチンの開発がいつ成功するのか誰にも分からない。

数ヶ月後かもしれないが場合によっては来年に持ち越すかもしれない。そんなことは誰にも分からないのである。

そうであれば、新型コロナウイルスはグローバル経済に大きなダメージを与えることになり、それが私たちの生活を極度に悪化させることになるのも覚悟しなければならない。

「自分だけはうまく逃げられるはずだ」と思う人もいるかもしれない。しかし、それは疑問だ。

かつて、私は天国から地獄に堕ちた国を目の前で見たことがある。誰もそこから逃れることができなかったのは、今でも強い印象として残っている。今の状況を見ていると、ふと「1997年の、あの頃に似ている」という思いが心によぎる。

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私は、経済危機に陥る前と後をつぶさに見つめた

国が経済衰退や経済破綻に向かっていったら、国民のすべてはそれに巻き込まれて塗炭の苦しみを負うことになる。私は、実はある国の経済危機に陥る前と後をつぶさに見つめた「歴史の証人」である。

「その国に襲いかかった経済的苦境の嵐」が国民の生活を一変させる。そんな姿を私はこの目で見つめ、恐ろしく思ったのだった。それこそが、1997年に起きた「アジア通貨危機」である。

ちょうどその頃、私は経済好況に沸いて急激に先進国のようになっていくタイに嫌気がさして、軸足をタイからカンボジアに移している頃だった。この頃のタイは、毎日毎日そちこちで摩天楼の工事をしており、街の光景が一変していた。

その頃のタイ人の表情は明るく、そして快活だった。好況はタイだけではなかった。香港からシンガポールからマレーシアまで、東南アジアの多くの国は100年に一度あるかないかの経済好況に沸いていて、「ベトナム戦争の影を引きずる暗いアジア」という姿を捨て去ろうとしていたのだ。

経済成長が東南アジアを席巻していた。そのため街の光景まで一変して、ハイセンスな街が次々と姿を現すようになっていた。当時のバンコクの変わり様は驚くべきものだった。

街中の至る所で工事が進んでいて、目が覚めたら新しい街がひとつ出来上がっているような錯覚をするほどだった。

パッポンも売春ストリートというよりも、単なる土産屋のストリートに変化していった。そこはもうハイエナがいる場所ではなくなっていたのである。

ところが、その好況の最中に巨大な経済事件が起きた。

タイの通貨バーツが、突如として大暴落をはじめて止まらなくなっていったのだ。それは、1997年7月に起きた。

1999年のカンボジアの売春地帯では何があったのか。実話を元に組み立てた小説、電子書籍『スワイパー1999』はこちらから

国が経済苦境に堕ちるとみんなまとめて人生が飛ぶ

アジア通貨危機は、ジョージ・ソロスのファンドや、それに付随するアメリカのヘッジファンド群が、ドルに回帰して新興国通貨を売る過程で起きた経済事件である。

この当時、ヘッジファンドは次の成功は東南アジアではなく中国で起きると確信し、東南アジアの中で経常赤字を積み上げていたタイを標的にして怒濤の如く通貨を切り崩す「バーツ空売り」を仕掛けていた。

タイ政府はこれを防衛したが、空売りの勢力があまりにも強く通貨防衛できなかった。そこで起きたのがバーツ暴落だった。このとき、タイの優良企業はことごとく破滅寸前になって株価は大暴落した。

一流企業も、一流銀行も、国有化されることによって生き延びるしかないような危機に陥った。バンコク銀行ですらも、破産しかけたのだ。

当然、翌年から多くの人たちが失職し、この年から一流企業に勤めていたエリートの女性ですらも、セックス産業に流れるような事態になっていた。

あれほど自信に湧いていたタイ社会が、その翌年には何か別の国にでも来たかのようなほど意気消沈しているのは印象的だった。

皮肉なことに「もう終わりだ」と言われたパッポンが売春地帯としていきなり復活したのもこの頃だ。終わったのは、タイの真夜中の世界ではなく、表社会の方だったのだ。

このアジア通貨危機は世界経済に波状的に広がっていき、インドネシア経済をも吹き飛ばし、長らく続いたスハルト政権がこの時に崩壊している。(ブラックアジア:1998年5月、インドネシアのコタの街で起きたレイプと虐殺

いったん国が経済苦境に堕ちると、高学歴の人間も実務経験を持った人間も、一流企業に勤めていた人間も、中小企業の人間も、みんなまとめて人生を吹き飛す姿を私は目の当たりにした。それは、劇的であり、壮絶でもあった。

「国が傾くと、誰も逃げられないんだ……」と、私は肌身に感じた。

このアジア通貨危機はバブル崩壊を迎えていよいよ深刻化していた日本経済をさらに深刻化させていった。山一証券の破綻、長銀の破綻、北海道拓殖銀行の破綻は、このアジア通貨危機の最中に起きていた事件である。

恐ろしい時代だった……。

地獄のようなインド売春地帯を描写した小説『コルカタ売春地帯』はこちらから

経済危機は、いったん巻き込まれたら逃げる間もない

1998年にはロシアも債務不履行に追い込まれていた。ロシアの国債は紙くずとなり、ロシア国内では預金封鎖が行われ、ロシア国民は一瞬にして生活できなくなった。

老人がゴミ箱を漁って暮らし、若い女性が世界中に人身売買されて売り飛ばされたのは、この時代だった。

この数年間のロシア女性の悲哀は私もよく覚えている。

カンボジアにもタイにもロシアの女性が哀しい目をしてセックス産業に堕ちていた。バンコクのスクンビット通りにも彼女たちが立っていた。(ブラックアジア:娼婦ナナ。戦争を始めるのは男たち、代償を払うのは女たち

バンコクの路上でロシア人の若い女性が売春ビジネスをするようになって、彼女が外国人の男を客として薄汚いホテルに連れて行く時代になるとは、いったい誰が想像しただろう。

この時、暗い目をして汚いアパートを見つめていたロシア人の女性ナナのことは今も忘れられない。他にも、ホテルに監禁されていたロシア女性もいた。(ブラックアジア:マイクズ・プレイス。緑の虹彩を持った女性とロシアの崩壊

この2つのリンクを読んで欲しい。私が出会ったロシアの女たちだ。国が崩壊すれば、こんなことになるのである……。

この時代、自分の身の回りでも、たくさんの人たちが窮地に落ちていき、自殺したり、消息がなくなったり、逮捕されたり、殺されたりしている。

私たちは誰でも、自分だけが例外であると思いがちだが、そんなことはない。国が経済崩壊し、世の中がどん底に向かって流転していくとき、誰もがそれに巻き込まれていくのである。

アジア通貨危機はじわじわと来たのではない。ある日、突如として通貨暴落が来て、そのまま一直線で国家破綻、一流企業の崩壊がやってきた。経済危機は、いったん始まったら逃げる間もなく突き進むのだ。

今回の新型コロナウイルスも、突如としてやってきて株式の暴落を引き起こしている。そして世界を巻き込んで経済情勢を視界不良に陥れた。だから、今の状況を見ていると、ふと「1997年の、あの頃に似ている」という思いが心によぎっている。

『1997年――世界を変えた金融危機(竹森 俊平)』

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