2時間も女性を目の前にして、彼女の腕時計が高級なものだと気づかなかった日

2時間も女性を目の前にして、彼女の腕時計が高級なものだと気づかなかった日

ビジネスクラスやファーストクラスに乗れる人は、わざわざ狭くて窮屈なエコノミークラスに乗らないように、自然と金持ちは高額だが快適なサービスが得られるところに向かうようになる。格差が極度に広がってそれが徹底していくと、富裕層の目の前から完全に貧困層の姿が消えてしまう。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

パンがなければケーキを食べればいい?

相対的貧困に苦しむ世帯は、炭水化物やジャンクフードを大量に食べて病気になっていく。(マネーボイス:日本の貧困層は飢えずに太る。糖尿病患者の半数以上が年収200万円未満の衝撃=鈴木傾城

栄養が偏れば病気になるのは分かっているのだから、オーガニックな野菜や、肉や魚をたっぷり取って、ちゃんと健康診断を受ければいいではないかと考える人も多い。収入がちゃんとあって、きちんと生活できる人ほどそう思う。

しかし、相対的貧困の世帯はギリギリまで節約しなければならないから安い炭水化物でカロリーを取っているわけで、別に「健康なんか興味がない」と思っているわけではない。

誰でも健康でいたいし、健康な食生活とはどんなものなのか誰でも知っている。知っているが、バランスの良い食生活というのはカネがかかる。したがって、誰でもバランスの良い食事をいつでも用意できるわけではない。

農民が主食のパンを食べられないほど生活が困窮している時、マリー・アントワネットは「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」と言ったとされる。

マリー・アントワネットが本当にそう言ったのかどうかは別にして、この「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」というのは、富裕層がまったく貧困層のことを分かっていない例として今でもよくあげられる。

富裕層と貧困層の意識がズレていくのは、世界が違い過ぎるからでもある。互いに相手のことがよく分からなくなる。

貧困層は富裕層が働かないで食べていけるということが想像できないし、それが理解できない。逆に富裕層は貧困層を見て、なぜそんなに働かないといけないのかが理解できない。

金持ちは驚異的なスピードでどんどん資産を膨らませていくが、貧困層にはどうしてそうなるのかその仕組みがまったく理解できない。富裕層は富裕層でなぜ貧困層は貧困のままなのかが分からない。

かくして互いに相手のことが理解できなくなり、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という無理解に集約されていく。

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関心がなくなると、本当に相手が見えなくなる

格差が広がると、同じ国にいながらも別世界で暮らすようになる。そして、自分とは身分が違う人間に対して関心すらも失う。

富裕層は、自分たちが利便性を感じる場所、落ち着く場所、気に入った場所は決まっている。良い物を買うカネがある時に、わざわざ安い粗悪品を買う人はいない。

それと同じように、良い場所を利用できる現金がある時に、わざわざ安い場所にダウングレードする人はいない。

ビジネスクラスやファーストクラスに乗れる人は、わざわざ狭くて窮屈なエコノミークラスに乗らないように、自然と金持ちは高額だが快適なサービスが得られるところに向かうようになる。

格差が極度に広がってそれが徹底していくと、富裕層の目の前から完全に貧困層の姿が消えてしまう。

これと同じことは貧困層側にも言える。

貧困層はビジネスクラスやファーストクラスというものは知っていても、そんなグレードを利用するカネはないのでエコノミークラスにいるしかない。

高い金を出したら良い製品が買えることは知っていても、そんなものは買えないのだから存在しないも同然だ。高い金を出せば良い環境の地域や家や車を手に入れることは知っていても、縁がないので近寄ることもない。

そうすると自ずと自分の生活から金持ちが消えていくことになる。見渡すと自分と同じ貧しい人たちばかりで、金持ちなどひとりも見当たらなくなる。

互いに自分の資産に合った場所に落ち着くので、自然と「違う層」の人間が視界から消えていく。それが長引けば、もはや「違う層」には関心も消え、相手のことを考える必要性も感じなくなる。

その結果、たまに「違う層」の人間が目に入っても何の関心を呼ぶこともなく、目に入っても無関心で通り過ぎる。

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パテック フィリップの高級時計

2019年9月12日。ZOZOを1兆円企業へと育て上げた若き経営者である前澤友作氏が退任の会見をした時、多くの人はラフなTシャツを着た前澤氏の会見をテレビでじっと見つめたはずだ。

人々は何を見ていたのだろう。たとえば、彼の涙やTシャツに書かれていたメッセージなどを見つめていたかもしれない。しかし、富裕層は彼のTシャツではなく時計を見ていたようだ。

彼の左腕にあった無骨な時計は、パテック フィリップの高級時計で中古市場でも1000万円以上するものだったからだ。

富裕層は時計を見て、彼が「超資産家」であることを一瞬で察する。しかし、普通の世界に生きる私たちはそれにまったく気づかない。世界が違うからだ。

時計と言えば私にも思い出すことがある。

以前、私は事情があって、ある裕福な女性と店で話をしていたことがあった。話を終えてふたりで店を出るときに代金を清算をしたのだが、その時たまたまレジにいた店長が女性の時計を見るなり「良い時計をなさっておりますね」と彼女に声をかけた。

「そうなんです。ブルガリなんですよ」

彼女はその時計を店長に見せて、しばしふたりで時計の話をしていたのだった。私もブルガリというブランドの名前くらいは知っているが、彼女の時計がそうだというのはその時に初めて知った。

「高かったでしょう?」
「50万円くらいしました」

ふたりはそのような会話をしていた。

私は彼女と2時間ほど一緒にいた。彼女の時計は目の前でずっと「見ていた」はずなのに、正直言うとまったく気にもしなかった。よく見れば「ブルガリ」と書いているのですぐに分かったはずだが、時計そのものに関心がまったく向かなかった。

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生きている世界が違うと見える物も違う

私は貧困層ではないと思うが、それでも自分が腕にはめる時計に数十万円を出そうという気にはならない。買おうと思ったら買えるカネはあるが、そんなものを買うことは決してない。

ロレックスだとか、オメガだとか、そういうブランドは知っているが、欲しいと思ったことは一瞬たりともないし、高級時計をしている人を見ても別に偉いとも何とも思わない。

「ある程度の年齢になれば、ステータスシンボルとして持っていた方がいい」「高級時計は所有する楽しみがある」「人に一目置かれる」とか言われても、欲しくないものは欲しくない。

誰かにそれをプレゼントしてもらって、それを翌日に失くしても私は何とも思わないだろう。

それが故に、目の前にいた女性がブルガリの時計をしていたとしても、私には何の意味もないものだった。関心がないので彼女を2時間も目の前にしながら、それが「目に入らなかった」のである。

しかし、店長は一瞬で彼女の時計が高級時計であることを見抜き、彼女が50万円の時計を買うだけのカネを持った人間であることを瞬時に嗅ぎ取って、その時計を介して「その世界を知っている者同士だけ」のメッセージを交換し合った。

ちなみに、この店長は私の時計には何も言わなかった。1000円か2000円で適当に買った時計など、彼にとっては意味のないものだったはずだ。

私にとって、それは興味深い出来事だった。

「生きている世界が違うと見える物も違う」ということを実感した瞬間だったからだ。日本という格差がまだそれほどでもない国で、彼女も一般人とそれほど乖離しているわけでもない。それでもこうなのだ。

格差が極度に広がった社会では、そうした微妙な世界観の違いが、持ち物、ライフスタイル、食べ物、飲み物、趣味、嗜好、習慣のすべてで発生して、相手のライフスタイルが理解できなくなり、評価することすらもできなくなってしまう。

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決して交わらないパラレルワールド

外国人がシンガポールに訪れても、富裕層と貧困層では見えるものが違ってくる。富裕層が見るシンガポールは、ラッフルズホテルと、高級ブランドが入ったショッピングモールと、高級クラブと、高級レストランと、高級リゾートの世界だ。

一方で貧困層の見るシンガポールは、虫が這い回る安ゲストハウスと、不衛生な屋台で食べる男たちと、ホームレスと、ストリートに立つ荒んだ目をしたセックスワーカーたちだ。

そのため、富裕層は「シンガポールは何と豊かな国なのか」という感想を持つし、貧困層は「シンガポールと言っても別に大した国ではない」と思うことになる。

富裕層は売春と闇賭博が横行する「ゲイラン」のようないかがわしい世界は知らないし、貧困層はセントーサ・コーブやラッフルズホテルのような高級な場所は知らない。互いに相手の世界に踏み入れることもない。

セントーサ・コーブは高級で大型ヨットが集まっているが、そもそも貧困層はなぜ富裕層がヨット好きなのかも知らない。(ブラックアジア:ラ・マダム「カルメン・カンポス・プエロ」。コロンビアの未成年売春斡旋

同じ国に行っても、自分と違う層が見えなくなり、たとえ目に入っても関心がないために見えないまま視界から消え、脳裏から消えてしまう。人間は目に入るものを、写真のように切り取って記憶するのではない。関心のあるものとないものを取捨選択をして記憶するのである。

だから、高級なものに関心のある人はシンガポール人の腕にロレックスやブルガリがはまっていることに気付いて、道ばたでアルミの缶が落ちていることに気が付かない。

貧困層はアルミの缶に気付き、それを拾って金に変えようとしている老婆に気付くが、街を歩く男のロレックスやブルガリなど気が付かない。互いに決して交わらないパラレルワールドが富裕層と貧困層の間で存在する。

もちろん、互いに自分たちとは違う層があるというのは分かっているし、街を歩けばそういった層とすれ違うこともある。しかし、それは水と油のように交わらないので、ただすれ違って消えてしまうくらいの存在でしかない。

こうした格差が極度に広がって大きな溝になると、富裕層は「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃない」という相手の貧困が理解できない状況と化す。相手の生活が見えなくなり、理解できなくなり、やがて何も感じなくなっていく。

これが、格差社会である。

『デリヘル嬢と会う2 暗部に生きる女たちのカレイドスコープ(鈴木 傾城)』。私が出会う女性、私が関心を持つ女性は、基本的にはアンダーグラウンドで何も持たずに這い回る女性たち「だけ」である。

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