「この薬はとても気持ちがいいのよ、あなたもやってみる?」
私にそう言ったのは、サムイ島にいたフランス女性だった。彼女が持っていたのは白い結晶で、彼女はそれを白いタバコ用シガレットの紙に包んで保管していた。
これがヘロインだった。私が生まれて初めてヘロインというドラッグを見たのがそのときだった。
薄暗いバンガローの中で、ヘロインの包みを出して私の前に差し出したとき、私は即座にそれを断らなかった。
そのとき、一度くらい試してみてもいいかもしれないと考えていた。私は彼女が気に入っていたし、彼女も私のことを気に入ってくれていた。ふたりで、もっと楽しい関係になってもいいのではないかと考えていたのだ。
しかし、私はヘロインは断った。まだ若かった私でも、さすがにヘロインはマズいという意識はあった。そして、ヘロインに関わると旅費がなくなるという現実的な意識もあった。
ただ、今思うとヘロインに対する拒絶感はそれほど強いものではなかったので、もし彼女が強引な性格だったら、このときに私はドラッグの暗黒面に堕ちていたかもしれない。
このとき、私が堕ちなかったのは、ただ運が良かったとしか言いようがない。(コ・サムイ。かつてドラッグとセックスの無法地帯だった島)