ヴィーガン。絶対に肉・魚・乳製品を食べないというライフスタイル

ヴィーガン。絶対に肉・魚・乳製品を食べないというライフスタイル

自分の意思で「肉」を食べない人たちがいる。菜食主義者と呼ばれる人たちだ。この菜食主義者の人たちは、卵を食べたりミルクを飲んだりチーズを食べたりするのは許容していることがある。

しかし、中には動物由来のものを完全に拒否する人たちがいる。肉も魚も卵も食べず、ミルクも飲まず、チーズも食べない。バターもハチミツも口にしない。

もちろん卵から作られる製品、たとえばマヨネーズなども駄目だし、ゼラチンも駄目だ。

完全にして徹底的な菜食主義。これを「ヴィーガン(もしくはビーガン)」と呼ぶ。

これは、「健康のため」でもなければ「病気治療のため」でもない。動物由来のものは食べないという思想であり、生き方(ライフスタイル)である。

肉、魚、乳製品、ハチミツ等を食べないことで何が変わるのか。完全菜食主義になることによって牛や鶏や魚やその他の動物を苦しめることがなくなり、人間と自然が調和すると彼らは考える。

食べないくらいだから、身につける素材も動物由来のものは避ける。毛皮は着ないし、ウールのようなものも着ない。シルクも着ないし、革製品のバッグも持たない。動物由来のものを選別して、徹底して日常生活から避ける。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「動物がかわいそうだ」と思えるその感受性がいい

ヴィーガンは過激でストイックだ。インドではジャイナ教がそうした不殺生を追求する一派だったが、ヴィーガンは欧米のベジタリアンから生まれたものであり、それをさらに徹底化させたものであると言える。

ヴィーガンの根本には、動物愛護の精神がある。「人間のために殺される動物の数を減らす目的でとる行動なら、どんなささいなことでもすべて価値がある」と彼らは考える。

この優しさ。この崇高さ。

私は実のところ、このように突き抜けた人たちは嫌いではない。ひとつの確固とした哲学をライフスタイルに昇華して、突き詰めて生き方を選ぶ人は私はとても尊敬する。

特に「ヴィーガン」の思想は優しさから来ているものである。誰しも動物が大量に殺傷されていくのを見て心を痛めるし、何とかできるものであれば何とかしたいと思うのは優しい心を持った人間であれば自然な心の動きである。

何も目的意識も持たずに流されて生きている人に比べると、ヴィーガンという「生き方」を選択した人は、とても社会的な視点と行動力を持つ素晴らしい人であると言える。

少なくとも、何も考えずに流されて生きている人よりもヴィーガンの人たちのように哲学を持った生き方をしている人の方に惹かれる。

基本的に、私はこうした優しさを持って生きている人はとても好きだ。

ステーキを見て、「動物がかわいそうだ」と思えるその感受性や「かわいそうだから私は食べない」と決意できる力は評価するし、そうした感受性は殺伐とした人間社会の中ではとても重要なものであると感じている。

 

ヴィーガンは完全菜食主義なら私は完全偏食主義か?

ただ、私は食生活も考え方もヴィーガンの人々とは対極のところにある。

だから、私自身はヴィーガンの人々を嫌いではないとしても、ヴィーガンの人々から見ると私は堕落した人間であり、受け入れがたい人間になる。

私は基本的に炭水化物と肉食で生きている。ジャンクフードも加工食品も好んで食べる。

「健康のために食べてはいけない」と言われているものは基本的に大体が好きで、逆に「健康のために食べないといけない」と言われるのはほとんどが嫌いで食べない。

野菜もほとんど食べない。かと言って、野菜を絶対に食べないというわけではなく、タイ料理や中華料理で油で炒めた野菜は食べる。

魚もほとんど食べない。果物もほとんど口にしない。しかし、食べられるものもあって、魚や果物がすべて嫌いだというわけではない。

子供の頃からそうで、大人になってから偏食の度合いはより激しくなった。ここ数年の偏食の度合いはますます高じていて、いまや私はジャンクフードだけで食生活が終わるほどだ。

要するに私は「自分の気分によって、食べたいものしか食べない」人間であり、実はその点ではヴィーガンとはまた違うところで徹底している。

おかげで私は常にどこか壊れている半病人のような状況になっているのだが、だからと言って肉をやめて野菜を増やすとか菜食主義になるとかヴィーガンになるという考えはない。

ヴィーガンを「完全菜食主義」というのであれば、私は「完全偏食主義」である。このあたりはヴィーガンの厳格さと同じくらい厳格だ。

 

あなたはヴィーガンに対して何を思うだろうか?

ヴィーガンは素晴らしいライフスタイルである。

対立と暴力に満ち溢れた世界で、人間のために殺される動物を食べないことで救おうとしている。こうした考え方を持った人がいてもいい。この考え方を推し進めるのはとても意味がある。

だから、ヴィーガンの考え方に共鳴して、自分もそれに参加したいと考える人も一定数はいるはずだ。しかし、ヴィーガンは決して多数派になることはないし、最終的には失敗することになる。

なぜなら、人間はもう肉や乳製品の味を知ってしまっているし、それをやめるというのは強い禁欲を強いるものになるからだ。人間は弱い存在だ。禁欲は続かない。

さらに、不殺生も失敗する。野生の王国も人間社会も、弱肉強食の倫理で動いており、きれいごとでは成り立っていないからだ。暴力や殺戮という「本能」は消せない。

つまり、ヴィーガンの人たちの思想は分かるのだが、結果的には殺戮本能や暴力感情の方が勝るし、人間は禁止されたらよけいにそれを求める気質もあるので、ヴィーガンの人たちが考える思想は浸透しない。理想主義は常に現実に敗北する。

最近、フランスではヴィーガンの一派が肉屋を「襲撃」してガラスを割ったり、自らのポリシーを訴えるステッカーを貼ったり、血を象徴する赤ペンキを巻いたりして「動物を殺すな」と過激に訴えている。

不殺生を説くヴィーガンが自分たちの思想と反する象徴である肉屋を「襲撃」するというところに人間の暴力性が垣間見えるし、暴力感情が人間から消せないことを如実に示している。ヴィーガンもまた対立と暴力を生み出すということだ。

「絶対に肉・魚・乳製品を食べない」という「完全菜食主義」が、リベラルなマスコミの力によってゆっくりと喧伝されていくようになっているのだが、果たしてあなたは「完全菜食主義」に対して何を思うだろうか?

 

最近、フランスではヴィーガンの一派が肉屋を「襲撃」してガラスを割ったり、自らのポリシーを訴えるステッカーを貼ったり、血を象徴する赤ペンキを巻いたりして「動物を殺すな」と過激に訴えている。

 

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