這い上がりたい人間がドヤ街にいては絶対にいけない理由がある

這い上がりたい人間がドヤ街にいては絶対にいけない理由がある

ホームレス寸前の貧困に堕ちれば、ドヤ街にでも行って、仲間を作って、いろんな情報をもらいながら更生の機会を狙えばいいと考える人もいるかもしれない。

日本には「山谷・寿町・あいりん地区」という三大ドヤ街がある。ブラックアジアではそのすべてのドヤ街を記事として取り上げている。

東京・山谷
神奈川・寿町
大阪・あいりん地区(釜ヶ崎)

どのドヤ街も、私は折に触れて訪れているのだが、あいりん地区はドヤ街特有の雰囲気が色濃く残っているので私はこの街が嫌いではない。(ブラックアジア:鈴木傾城、あいりん地区で1泊1000円のタコ部屋に沈む

では、もし何らかの理由で私が経済破綻して夢も希望も失ってホームレスも同然となったとき、あいりん地区でも流れて人生をゼロからやり直すべきだろうか。

たとえば明日からそうなったら、ドヤ街で人生をリスタートすべきだろうか。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

日本最大のドヤ街を歩くと、異様なことに気付く

いや、私は経済的な苦境に堕ちれば堕ちるほど、逆にドヤ街に近づかない方がいいと強く考えている。

なぜか。それは弱肉強食の資本主義の世界から這い上がるための「2つの基本」から完全に逸脱してしまう危険が高いのがドヤ街だからだ。

大阪のドヤ街である「あいりん地区」に行けば、社会の底辺にまで転がり落ちた人たちが路上で寝ている姿を今も見ることができる。

彼らの中には家庭環境が悪かったり、事業に失敗したり、病気になったり、老いて失業したり、様々な不運に巻き込まれてどうしようもなくなった人も多い。

人生は浮き沈みがあって思うようにならないもので、不運に不運が重なると、こうしたドヤ街に落ちてしまう人がいたとしても不思議ではない。

ここに落ちてしまった人たちは、なかなか収入が得られないので、支出は極限まで減らさなければならない。

あいりん地区の労働者たちの拠点のひとつに「あいりん労働公共職業安定所」があるが、その二階にはドヤ(安宿)にさえ泊まれない人たちが寝ていたりする。

ところが、この街を歩くと異様なことに気付く。

金のない人間たちが集まるこの街で最も多い店は何か。それは「居酒屋」なのである。他にパチンコ屋も目に付く。ゲームセンターもあれば麻雀屋もある。

朝から開いている居酒屋もあるのだが、そこにはすでに酔って顔を真っ赤にしている労働者の姿も多い。

結局のところ、このドヤ街は吹けば飛ぶようなわずかな金しか持っていない労働者から、さらにアルコールやギャンブルで散財させる街だったのである。「支出を減らす」どころか、むしろ支出の方が多くなっていたのだ。

最近は重点的な摘発で消えたのだが、大阪で覚醒剤が白昼堂々と売られていたのもこの「あいりん地区」だ。

あいりん地区の貧困にあえぐ人たちは、「継続的に収入を得る」ということに失敗した上に、「支出を減らす」ということにも失敗してしまう環境にある。

つまり、「収入を得ながら、支出を減らす」の対極にあるのがあいりん地区の光景だったのだ。

あいりん地区にて。ドヤ街は吹けば飛ぶようなわずかな金しか持っていない労働者から、さらにアルコールやギャンブルで散財させる街だったのである。「支出を減らす」どころか、むしろ支出の方が多くなっていたのだ。資本主義の地獄を、この男は抜け出すことができるだろうか?

 

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当たり前のことを勤勉にこなすだけで生き残れる

あいりん地区に、アルコールとギャンブルを扱う店が多いというのは、逆に言えばそういう店ばかりが求められている環境になっているということの裏返しでもある。

さらにドヤ街の近くには往々にして、風俗街も存在している。山谷の隣には吉原があり、寿町の隣にはちょんの間「黄金町」があった。あいりん地区の隣には飛田新地がある。

作家、黒岩重吾はあいりん地区や飛田新地に関する小説をいくつか書いているのだが、『飛田残月』という小説(絶版)では、あいりん地区にはドヤ街に居着いていた娼婦もいたことが小説の中で記されていた。

今はドヤ街の住民が高齢化したので「セックス」の匂いが消えてしまったのだが、ドヤ街というのは「飲む・打つ・買う=アルコール・ギャンブル・セックス」の三大悪徳がみんなそこにあったということだ。

ここの住民たちは、ドヤ街に堕ちてアルコールとギャンブルとセックスに溺れるようになったというよりも、最初からアルコールとギャンブルとセックスに溺れている人だったと考える人もいる。

これらはすべて「依存ビジネス」だ。

社会から転落して自暴自棄になってしまった労働者がそれを求めているから、そういう依存ビジネスがドヤ街に定着し、すべてが根深く生き残っているのである。

これらの店がドヤ街の住民たちをより悪癖に依存させて「支出を減らす」をできなくする。そうであるならば、ドヤ街は更生を努力する人にはかなり環境が悪いということに気付くはずだ。

あまりにも悪癖が身近にありすぎて、堕ちた環境から抜け出したくない人には快適なところだが、抜け出したい人にはなかなか難しいところだったのである。

1999年のカンボジアの売春地帯では何があったのか。実話を元に組み立てた小説、電子書籍『スワイパー1999』はこちらから

「収入を得ながら、支出を減らす」という当たり前

ドヤ街で仲間を作ると、仲間との付き合いもある。付き合いはパチンコ屋や雀荘や居酒屋で行われることが多い。必然的に仲間に引きずられて抜けられなくなる。

這い上がりたい労働者がドヤ街にいては絶対にいけない理由がここにある。

更生する意思があるのであれば、「収入を得ながら、支出を減らす」という「2つの基本」を徹底しなければならない。それができる環境に身を置かなければならない。

「収入を得ながら、支出を減らす」という努力は、一時的に行えばいいというわけではなく、それは継続できなければならない。それを継続するためには勤勉さが必要だ。

そうであるならば、ドヤ街を出るのが一番なのである。

アルコールやギャンブルやセックスを断ち切るというのは、勤勉さを取り戻すための最適な方法である。勤勉さを取り戻せれば、「収入を得ながら、支出を減らす」という基本に向けて走り出すこともできる。

そして、この基本を長く継続できれば、たとえドヤ街に沈んでいた人でさえも自立が可能になる。これはすべての人に通用する普遍的なものである。

基本を継続していると、少しずつでも貯金は貯まっていく。そうなると今度は、「収入を増やし、支出を減らし、投資する」という次の段階に進むこともできる。

そうやって、人生は少しずつ確実に豊かになっていく。

いったん軌道に乗れば、多少の問題が起きても「支出を減らす」ことで貯まっていた貯金が荒波を吸収して、転落を防いでくれることになる。

つまり、致命的な失敗をしない限り、生き残れる確率が高まるのである。別に難しいことをするわけではない。ただ、「収入を得ながら、支出を減らす」という当たり前のことを勤勉にこなすだけだ。

当たり前ができるというのは、実はとても素晴らしいことだ。(written by 鈴木傾城)

ドヤ街で仲間を作ると、仲間との付き合いもある。付き合いはパチンコ屋や雀荘や居酒屋で行われることが多い。必然的に仲間に引きずられて抜けられなくなる。這い上がりたい労働者がドヤ街にいては絶対にいけない理由がここにある。

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