子供の頃、私の住んでいたところから駅に向かって歩く途中、個人経営の鉄工所みたいなところがあった。
そこを通ると機械オイルの匂い、ガソリンの匂い、切り出した鉄の匂いがした。その匂いがとても心地良くて、私は立ち止まってずっと匂いを嗅いでいたものだった。
やがて引っ越して、その匂いを嗅げなくなってしまった。そして記憶からも消えた。
二十歳以後、私はタイをうろうろするようになったのだが、バンコクのヤワラー(中華街)の外れにいることも多かった。安宿が林立していたし、いろんな人がいたからだ。
このヤワラーの裏を歩いていくと、ふと街の到るところに町工場があって子供の頃に嗅いだあの懐かしい匂いがして、私は郷愁に駆られた。
ヤワラーの裏側にあちこち小さな鉄工場が点在していたのだが、最後に確認したのは10年くらい前だ。今はどうなっているのだろう。まだ残っているのだろうか。あの独特の匂いと共に、とても懐かしく思い出す。
ただ、その時に私の脳裏に浮かぶのは、暑い中でオイルにまみれて働く人たちの姿もある。私は仕事もしないでタイでふらふらとさまよいながら生きていたが、彼らは必死になって働いていた。