
タイの株式市場は長期チャートを見ても、2018年初頭に100ドル超となったあと、ずるずると下落して現在は50ドル近辺となっている。この7年で株価は半分まで下落した。さらに現在は、政治経験も浅く、力のない首相がトップに立って政治は荒れるばかりだ。しばらくタイには期待しないほうがいい。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
タイの株式市場は7年で半分になってしまった
タイは躍進する中進国であったが、株式市場で見ると2018年あたりがピークであり、以後はずるずると株価も落ちて悪化していくばかりとなっている。
iShares MSCI Thailand ETF【THD】の長期チャートを見ても、2018年初頭に100ドル超となったあと、ずるずると下落して現在は50ドル近辺となっている。つまり、この7年で株価は半分まで下落したということにある。
どうして、こんな悲惨なことになっているのか。
主因は政治的な不安定性と経済成長率の鈍化にある。タイはタクシン派と王室派の利権争いで、複数回のクーデターや政権交代があった。それが市場に混乱をもたらし、有効な政策運営を阻害、企業の投資意欲と外資流入を低下させた。
さらに、2020年からのパンデミックで観光収入が激減し、GDPが大幅縮小。国内需要の低迷により企業収益は回復が遅れ、銀行の不良債権問題と金利水準の限界も金融セクターの地盤を弱体化させた。
もっと根源的な問題があるとしたら、人口高齢化だ。人口が減少して高齢者が増えている。人口が減れば内需が減って国家は衰退する。まして若者が減って高齢者が増えるのであれば、なおさら国は経済成長できない。
タイも日本と同じで人口減少による経済衰退・国家脆弱化が起きているのだ。
タイ経済も高い政府債務残高と緩和的金融政策の限界に直面して、政策の信頼性が揺らいでいる。バーツ高も続いて輸出を圧迫し、観光にも悪影響が出ている。こうした状況があって、投資家はタイを敬遠するようになっているのだ。
これら複合的な構造・外的要因が、7年以上にわたりタイ株式市場の回復力を阻害している。今後も改善は容易ではない。

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ペートンタン首相の「馬鹿な発言」で政権危機に
政治も荒れている。2025年6月18日、ブムジャイタイ党がペートンタン・シナワット首相率いる与党連合から正式に離脱を表明した。このブムジャイタイ党というのは、下院500議席中69議席を占める国内第二党である。
この党の離脱で、与党連合で構成されたペートンタン政権の議会運営はさらに不安定なものになるはずだ。
たしかにブムジャイタイ党が離脱しても、与党連合はかろうじて過半数(251議席)を維持する。しかし、影響力は大きく減少する。このため、予算案や重要法案の可決にも問題が発生するのではないかと危惧されている。
ペートンタン政権が落ち目だと確信したら、ますます政権からの離脱者が増えていくだろう。
ブムジャイタイ党が離脱したのはなぜか。その背景には、6月15日に流出したペートンタン首相とカンボジア元首相フン・セン氏との電話会談内容がある。現在、タイとカンボジアは国境問題で揺れている。
そもそも、タイとカンボジアの国境はフランスがカンボジアを植民地にしていた時代に適当に引いたものだったので、カンボジア人が住んでいるのにタイ領だったり、その逆だったりして問題があった。その問題を今も引きずっている。
そして2025年の5月にもチョン・ボク地域で双方の軍が衝突し、カンボジア兵の死亡者が出るなど緊迫した事態となった。以後、両国はドローン飛行や部隊増強、経済制裁などを通じて相手側の主権を主張しあい、緊張が続いている。
そんな中で、ペートンタン首相はカンボジアの実質的な支配者であるフン・センと会議をおこなったのだが、その中で、ペートンタン首相は「保守派や軍部のせいで、自分が動けない」という旨の発言をして「タイの反対側(=強硬な軍部・保守派)には耳を傾けないでほしい」と言い出したのだった。
これが、漏れた。その結果、保守派や軍部が激しくペートンタン首相を批判し、主権と領土保全を重視するブムジャイタイ党も激怒してペートンタン政権を見限ったという経緯になったのだった。

ペートンタン政権はレームダックと化した
国境問題で両国が激しく対立している中で、タイの首相が「うちの保守派や軍部が言うこと聞かないんで困ってるんです」とか相手国にぼやくというのが信じがたい話だ。しかし、そういう間抜けなことをするのがペートンタン首相である。
当初から「政治経験が浅いのにいきなり首相になって大丈夫なのか?」と疑問視されていたのだが、まったく大丈夫ではなかった。
結局、これでペートンタン首相は一気に信用を失った。当然、与党連合の政策運営能力にも深刻な打撃が及ぶ。事実上のレームダックと化した。
行政機関の人事や省庁間調整は連立間の交渉を通じておこなわれるが、政権基盤が弱体化したことで公務員や関連業界の不安も増大し、実務面での停滞が懸念される。今日、タイの株式市場が一気に売られたのは、そういう意味がある。
国際的な投資家の目も厳しくなっている。ペートンタン首相の想定以上の無能ぶりを懸念して、2025年に入ってから外国人投資家は約23億ドル相当のタイ株を売却するような状況になっていた。
今回の件で、政治リスクの高まりはさらなる資本流出を招く可能性がある。
政権不安が長引けば市場のボラティリティが高まり、ますます政府の経済再生戦略に対する信頼が損なわれるのは避けられないだろう。
首相は今後、連立維持を呼びかける構えだが、その成果は不透明である。議会運営における与党の協調性が崩れれば、政権は重大法案の採決さえ乗り切れなくなる恐れがある。
もともと私自身もペートンタン・シナワットには1ミリも期待していなかったが、こうなるのは起こるべくして起こったといえるかもしれない。(ブラックアジア:ペートンタン政権はタクシン一族の復活であり、タイの政治の新たな火種となる?)

力量のない首相が立てば状況が悪化する
政局混乱は予算案承認の遅延を招くため、財政出動による景気下支え策の実行タイミングが後ろ倒しとなる懸念が強まっている。
公共投資や失業対策、低所得層向け支援の着手時期も遅れるだろう。企業向け融資保証や設備投資促進策も見通しが不透明化し、企業の投資意欲は一段と冷え込むだろう。これによって景気は悪化し、家計消費の回復も阻害される。
結果として国内景気は落ち込みを免れない。観光立国を目指し、外需依存度の高いタイ経済では輸出環境の改善も政局安定と連動しているため、政治リスクが長引けば外資の再流入も遅れ、資金調達コストが上昇する。
折りしも、FRB(連邦準備銀行)が利下げに向かうとの見方や、トランプ政権の信用破壊によってドルが売られているのだが、結果的にそれで新興国通貨全般に資金が回っており、この流れの中で、タイもバーツ高の傾向を強めている。
観光立国であるタイにとって、バーツ高は不利に働く。
これらの要因が重なり、タイの景況感は今後も一層悪化し、失業率上昇や企業倒産の増加を招く可能性が高い。政府が迅速に予算案を成立させ、明確な景気対策を示さなければ、経済の悪化傾向はさらに深刻化するだろう。
何らかの救いがあるとしたら、トランプ政権がますます信用を失って、米国株式市場から資金が抜けて新興国に向かい、タイもまた新興国のひとつとして「どさくさにまぎれて一緒に上がる」ことくらいかもしれない。
いずれにしても、ペートンタン首相では、タイ経済を力強く浮揚させるのは無理だ。政治基盤が極めて不安定で、連立離脱など政局混乱が続き、長期的な経済政策を打ち出す余地なんかない。
首相自身も政治経験が浅く、経済運営の専門家でもなく、政策立案や数値目標の設定において明確なビジョンを欠いている。力量のない首相がトップに立てば、状況が悪化する。当たり前のことが起きていると私は見ている。

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