
タイでコンビニと言えば、セブンイレブン一強である。現地では「セウェンイレウェン」と呼ばれているのだが、とにかくどこにでもセブンイレブンがあって、砂糖入りの緑茶なんかがずらりと置かれている。このセブンイレブンは東南アジア最大級の財閥チャロン・ポカパン・グループのものだ。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
東南アジア最大級の財閥・CPグループ
タイのCPグループ(チャロン・ポカパン・グループ)は、現在の東南アジアにおいてはもっとも規模が大きく、影響力が強い民間企業グループだ。創業は1921年で、潮州系華人のチャイヤワット家が商人として進出したことが起点になっている。
当初は小さな種子販売の商店だったが、同族経営を維持しながら垂直統合型の事業拡大を進め、農業・食品分野で圧倒的な地位を築いた。その後は通信、小売り、物流、自動車部品、金融など多角化を加速し、巨大企業体へ変化していった。
CPグループが飛躍したのは、1970年代以降の市場自由化のときだった。政府が外資規制を段階的に緩和し、工業化を推進したことで、CPグループは農業と食品分野の基盤を利用しつつ新規産業に参入しやすくなった。
特に飼料生産から畜産、加工、物流まで一体化する垂直統合モデルは、タイの農業構造を実質的にCP主導へ変えていった。
結果として、農家はCPの契約生産方式に組み込まれる割合が増え、同社の供給網を離れて独自に市場へアクセスするのが難しくなった。こうした産業構造の固定化は、市場支配力の強化につながった。
通信分野における進出も、同社の影響力を飛躍的に高めた。
1990年代、タイ政府は通信インフラ整備の遅れを解消するため民間企業に事業を委ねたが、その主要企業のひとつがCPグループだった。現在、携帯通信大手のTrue社はCPグループ傘下であり、タイ国内シェアの約3割を占める。
通信インフラは国家機能の根幹に近いため、ここを押さえている企業が政策決定に与える影響は大きい。食品・小売り・通信という生活インフラを重ねて保有している企業体は、東南アジアでは極めてまれである。
ブラックアジア タイ編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたタイ歓楽街での出会いと別れのリアル。『ブラックアジア タイ編』はこちらから。
東南アジアはCPグループの支配下にある
現在のCPグループの事業規模はタイ国内にとどまらず、アジア、欧州、北米へ広がっている。従業員は世界で約40万人とされ、売上高はグループ全体で年間約7兆円規模に達するとされる。
特に中核企業であるCPF(チャロン・ポカパン・フーズ)は世界最大級の畜産・飼料メーカーであり、鶏肉や豚肉の加工品は世界各地の市場に輸出されている。日本の私たちが食べている冷凍鶏肉や加工鶏肉もCPFのものがあるので、知らずに食べている可能性もある。
同グループの特徴は、事業を「川上から川下まで」一体化させる戦略にある。飼料生産、養殖、畜産、加工、流通、販売まで自社で管理するため、外部環境に左右されにくい収益構造を作り上げてきた。
これによって経済危機の多い東南アジアにおいて安定した成長を可能にしている。
最近では、タイの人口動態の変化やアジア全体の消費市場拡大を背景に、CPグループは小売事業を一段と強化している。セブンイレブン・タイの店舗数は約1.5万店まで増加し、店舗網はタイ全土に広がっている。
これにより、食品から日用品まで膨大な販売データを蓄積し、購買行動の把握が容易になっている。もはやタイは言うに及ばず、東南アジアはCPグループの支配下にあると言っても過言ではないくらいの影響力だ。
この影響力は、CPグループが長年にわたり政府と密接な関係を構築したことで強化されている。東南アジアはとにかく人脈とコネがモノを言う社会である。CPグループは東南アジアのあらゆるところに網を張っている。
タイは政治的に不安定な時期が多く、軍政と文民政権がコロコロと入れ替わる。だが、どの政権下でもCPグループが主要な経済パートナーとして扱われてきた。特定の政権の変化には左右されない。
全方位で影響力を持つというのは、他の民間企業には見られない特異なものだ。
ブラックアジア パタヤ編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
タイが誇る東南アジア最大の歓楽街パタヤ。多くの男たちを引き寄せる売春地帯で生きる女たちと破滅する男。
セブンイレブン・タイが象徴的事業に
タイでコンビニと言えば、セブンイレブン一強である。現地では「セウェンイレウェン」と呼ばれているのだが、とにかくどこにでもセブンイレブンがあって、砂糖入りの緑茶なんかがずらりと置かれている。
いまや、このセブンイレブン・タイはグループの象徴的事業にもなっている。CPは自社グループ企業で製造した食品や日用品を全国の店舗へ効率的に流通させることができ、商品開発から販売までのデータを自社内で循環させられる。
この構造は競合企業との差を大きく広げ、価格設定や棚割りにおいてCPが持つ影響力を強めている。
セブンイレブン・タイの重要性は、単に売上規模の問題ではなく、生活圏への浸透度にある。多くの地域では、住民が日常的に利用する小売チャネルがセブンイレブンに事実上限定されるため、店舗網が消費者行動そのものに影響を与える。
さらにPOSデータの蓄積により、地域ごとの販売動向を精密に把握できるため、CPは消費傾向を把握し、他のグループ企業の生産計画へ反映できる。
販売情報を生産・物流へフィードバックする循環構造は、独自のエコシステムを形成している。他社がこの規模のデータ基盤を構築することは現実的に難しく、市場への参入障壁は非常に高い。
通信分野でも同様の支配力が存在する。CPグループ傘下のTrue社は、携帯通信市場で約3割のシェアを持つ大手キャリアであり、インターネットサービスやケーブルテレビなど複数の事業を展開している。
CPグループが強い影響力を持つ理由は、複数の基幹産業を同時に押さえている点にある。食品供給、小売り、通信という生活の基盤となる分野を組み合わせることで、事実上の「経済インフラ企業」として機能している。
CPグループの独占的な優位性は、今後も長らく続いていくのではないか。タイのセブンイレブンの毒々しいまでに甘い緑茶もきっと売られ続けていくだろう。
ブラックアジア カンボジア編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
当時、東南アジア最悪と呼ばれた売春地帯はどんな場所だったのか? 荒んだ売春地帯の愛と別れのリアル。カンボジア編はこちら。
私も注目している財閥系企業のひとつ
タイのみならず、東南アジアの経済を知るのにCPグループは外せない。
CPグループの勢力拡大はタイ国内にとどまらず、海外企業の買収や大型投資を通じて国際的な事業基盤へ広がっている。
特に近年注目されたのは、英国のスーパーマーケットチェーン「テスコ・ロータス」の東南アジア事業買収かもしれない。テスコのタイ・マレーシア事業買収額は約1兆円規模とされ、タイの小売り市場におけるCPの存在感を一段と強めた。
こうした大型M&Aは単なる事業拡張ではなく、小売りと物流の広域支配を目的とした戦略的な動きである点が重要である。
食料・通信・小売りの3領域を国内で押さえたCPグループは、同じ構造をアジア各国で再現することを狙っている。すでにミャンマー、ベトナム、中国南部では、農業・食品事業を中心とした垂直統合モデルを展開している。
ミャンマーではCPFが養鶏・飼料事業を拡大しており、ベトナムでは小売りや加工食品を含む事業が成長している。中国でも農産品の供給網に深く入り込んでおり、中国市場の巨大さを踏まえると、今後の収益構造に大きな影響を及ぼす可能性が高い。
同社のM&A戦略には共通点がある。それは「既存市場の支配度を高める買収」と「グループ全体で統合できる事業を選ぶ」という点である。単体で収益を出せる企業を買うのではなく、食品・物流・小売りの循環構造の中に組み込める企業を優先している。
テスコ・ロータスの買収はその典型例で、小売り網を強化することで加工食品や日用品の流通を自社系列に組み込み、物流効率を高められる。買収企業の事業データをグループ全体に統合すれば、販売戦略や価格設定も細かく調整できるため、競争優位がさらに強まる。
ただし、アジア市場は国ごとに制度や規制が異なり、すべての国でタイと同様のモデルを再現することは容易ではないはずだ。そこは得意の人脈のネットワークで切り開いていくのだろうか?
アジア経済を見る上で、CPグループがどのように動いているのかを見るのは非常に重要でもある。私も注目している財閥系企業のひとつである。







コメント