
2000年代初頭、カンボジアの売春地帯が現地の警察当局の締めつけが厳しくなっていった頃、私はぼんやりこんな売春地帯にいたら、遅かれ早かれトラブルに巻き込まれる可能性があると考えた。
悪評が立ち、日本人同士も足の引っ張り合いをして泥沼になっており、児童売春も増え、密告も恒常化し、全世界のNGO団体がやってきて売春地帯に足を踏み入れる男たちの写真を撮りまくっていた。
潮時だと思った。それで、2001年にはもうカンボジアには足を踏み入れないようにして、誰も知らないインドネシアの「秘島」の売春地帯に拠点を移した。インドネシアのリアウ諸島と言ってもほとんどの人にはピンと来ないはずだ。
情報はインターネットにもまったくと言って出まわっていなかったからだ。この「秘島」の売春地帯を知っていたのはシンガポール人と一部の白人だけだったのだ。
この秘島の売春地帯のことを知ったのは、本当に偶然だった。タイ・バンコクの歓楽街ナナ・プラザのオープンバーで女たちと談笑しているとき、たまたま隣にシンガポール人が座っていて彼と話しているときに、「シンガポール人はタイに来るよりもインドネシアに行っている」という旨の話をした。
私が関心を持って、インドネシアのどこに行っているのかと聞くと、彼が教えてくれたのが、リアウ諸島のいくつかの島だった。私は女性にペンを借りて、紙の端切れにその島の名前を書いてもらった。
そのシンガポール人は、その売春地帯は「山の中」にあると言い、それは「ストレンジ・ヴィレッジ」なのだと説明した。このあたりの経緯については『ブラックアジア売春地帯をさまよい歩いた日々インドネシア編』にも冒頭で書いたとおりだ。
奇妙な村(ストレンジ・ヴィレッジ)……。
それを聞いて私は、激しい好奇心に突き動かされた。急いでインターネットで調べたのだが、驚いたことに情報はまったくと言って出てこなかった。日本語の情報はゼロで、かろうじて出てきたのは、白人が作った「ほんの数行の英文の説明と小さなサムネイルくらいの画像が載ったサイト」のみだった。
それがどれくらい小さなサムネイルだったのか、見て欲しい。



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