不安と恐怖は人間の防御本能である。その防御本能があるから、人は慎重になることができて、生存の確率が高まっていく。しかし、長いあいだ生きていると、そこを突き抜けて反対側にいかなければならないこともある。
たとえば、表社会で普通に生きていた女性がセックス産業に入るためには、ある種の覚悟が必要だ。その世界は表社会とはまったく違う世界だし、これまでの常識とは反する場所だからである。
悪に染まる不安、売春や風俗への罪悪感は極限的なものだと思う。表社会で積み重ねてきた道徳や倫理、家庭や学校で刷り込まれた「正しさ」の基準が、そこで根こそぎ揺さぶられるのだ。
人は本能的にタブーに触れるとき、強烈な拒否反応を覚える。足を踏み入れる前から、頭の中で「やめろ」という声が響くのはそのためだ。だが、そこに向かう理由があるのならば、その自制の声が邪魔になる。
セックス産業に入るというのは、女性にとっては「まともな人生から逸脱する」という恐怖の瞬間である。家族や友人に知られたら人生が終わるかもしれない。そう考えると、世間体や将来の不安が押し寄せて当然だろう。
とは言っても、経済的な理由や生存のための必然があれば、その一線を越えざるを得ないことがあるのも人生だ。
倫理観を持ち出せば「悪」としか言えない行為に関与するので、そのあとに訪れる自己嫌悪は、想像を超えるほど重くのしかかるだろう。人によっては、長く「罪悪感」に苦しめられることもあるはずだ。
こうした罪悪感は、そこに長くいると次第にゆっくりと消えていく。罪悪感を感じながら長くそこに居られないので、それには慣れるしかない。どのみち慣れないといけないのであれば、恐怖や不安や罪悪感は早く消せば消すほど有利となる。
腹をくくるためには、一刻でも早く恐怖や不安や罪悪感をやわらげたいはずだ。
意外に手軽にそうする方法がある。



コメント