
世界保健機関(WHO)が2025年9月に発表した最新の報告によれば、世界で精神疾患を抱える人の数がついに10億人を超えた。精神疾患の拡大は、現代の社会における静かな崩壊を示しているようにも見える。日本社会もまた「自殺大国」である。つまり、私たちは持続不可能な社会のまっただ中に生きている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
精神疾患が異常な事態となっている
最近、よく聞かないだろうか? 不安症、抑鬱症、双極性障害、統合失調症、摂食障害、注意欠如・多動症(ADHD)、アルコール依存、ドラッグ依存、自閉症……。これらはすべて精神疾患と診断されるものだ。
世界保健機関(WHO)が2025年9月に発表した最新の報告によれば、世界で精神疾患を抱える人の数がついに「10億人を超えた」という。
2000年時点では10億人未満とされていたが、その後の20年あまりで急増し、世界人口の増加を超える速度で拡大している。精神疾患が社会全体を覆う規模に達しており、すでに異常な事態となっている。不気味な話だ。
WHOの分析によれば、精神疾患は長期にわたる障害の第2位の原因となっている。これは交通事故や感染症といった一時的なリスクではなく、何年にもわたって人々の生活を奪い続ける要因であることを意味する。
人々の健康寿命、つまり「健康に生きられる年数」は確実に削られ、社会の活力そのものが失われていく。
数字の大きさは事態の深刻さを物語る。最新の推計では、世界人口の約8人に1人が精神疾患を抱えている計算になる。これは各家庭や学校、職場に少なくとも1人は精神疾患を持つ人がいるという現実を示す。
つまり、この問題は特定の層や地域に限定されるものではなく、あらゆる社会に横たわる普遍的な危機となっている。
疾患の内容を見れば、不安症や抑うつ症が突出して多く、これらが全体の大部分を占めている。不安症は慢性的な心配や恐怖によって生活の自由を奪い、抑うつ症は日常生活を成り立たせる基本的な意欲すら奪っていく。
経済的影響も深刻だ。WHOの試算によれば、不安と抑うつだけで年間約1兆ドルの経済的損失が発生している。これは先進国1つのGDPに匹敵する規模であり、世界全体の経済活動を大きく圧迫していく。
単なる医療費の増加にとどまらず、労働力の喪失、生産性の低下、社会保障費の増大が連鎖的に発生している。つまり精神疾患の急増は、国家経済や国際社会の安定を直撃する要因として顕在化しているのだ。
ところで、この精神疾患だが性別や年齢層によって特有の偏りがある。
誰もが今の社会では精神疾患にかかる可能性
疾患も男性と女性では疾患の内容が大きく違う。男性はADHDやアルコール依存、ドラッグ依存などが多い。女性は特に不安、抑うつ、摂食障害が多い。それぞれの性別で、異なる形で精神的疾患が出てきている。
女性の精神疾患の傾向は、統計的にも顕著だ。世界的に見ても、不安症や抑うつ症の有病率は男性よりも女性が高く、特に思春期から青年期にかけて急増する。
ホルモン変動や出産などの生物学的要因だけでは説明できない。おそらく、社会のあり方そのものに問題があるのではないかという推測だが、くわしいことはわかっていない。今の社会は女性のメンタルを破壊しやすい構造になっているのだと思う。
一方、男性ではADHDやアルコール依存、ドラッグ依存などの問題が高率で確認されている。ADHDは子供時代から現れやすく、学習や対人関係に困難をもたらし、その影響は成人後も続く。さらに、大人になると、アルコールやドラッグ依存が男性に多く加わっていく。
年齢層の違いを見ると、若年層ではSNSや学業、家庭環境のストレスによって不安や抑うつが増加しているのが確認できる。多くの若者が学校や職場に適応できずに脱落していく。
中年層では経済的責任や家族の問題が精神的負荷を増大させ、老年層では孤独と身体疾患の併発が精神疾患の引き金となる。いずれの年齢層においても、精神疾患は避けられない現実となりつつある。
この偏りは、社会が無差別に人を苦しめるのではなく、性別や年齢ごとの立場や役割に応じて異なる形で人々を追いつめていることを示している。
これらの現状を見ると、性別や年齢に応じてそれぞれが耐え難い苦痛を抱えてしまうという事実が浮かび上がる。精神疾患は万人に及ぶが、その形は均等ではなく、それぞれの立場の違いによって苦しみの現れ方が違う。
つまり、誰もが今の社会では精神疾患にかかる可能性がある。精神疾患が異常に増えているというのは、それだけ今の社会が「生きづらい」環境になってしまっているということなのだろう。
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今の社会で生きたくないということなのか?
では、今の社会が「生きづらい」環境になっているとしたら、精神疾患に追い込まれた人は最終的にどこに向かうのだろう?
精神疾患がもたらす帰結のひとつは、自ら命を絶つという選択である。
WHOの統計によれば、2021年の時点で年間72万7,000人が自殺によって死亡している。この数は交通事故や感染症と並び、若年層における主要な死因のひとつとなっている。特に10代後半から30代にかけての世代で自殺率が高い。
自殺の要因は多岐にわたる。不安や抑うつといった精神疾患そのものの症状による絶望感はもちろん、経済的困窮、孤立、人間関係の断絶、社会的プレッシャーが複雑に絡み合う。
特に若年層では、将来の見通しのなさや学業・職業上の失敗への恐怖が強く影響する。中年層では経済的責任や家族問題が重くのしかかり、老年層では孤独と身体疾患の併発が追い打ちをかける。
年齢ごとに要因は異なるが、結末は同じである。精神的にも、肉体的にも、経済的にも、生きることそのものができなくなってしまうのだ。
国際的に掲げられた目標も達成の見込みがない。国連の持続可能な開発目標(SDGs)は、2030年までに自殺率を3分の1削減することを定めている。だが、WHOの最新予測では、達成されるのは12%の削減にとどまるとされている。
つまり、政府の政策や支援はほとんど効果を上げておらず、現状の延長線上では数百万単位の命が今後も自殺で失われていく。
自殺は突然の衝動によるものだけではない。多くの場合、長期にわたる精神疾患や苦痛が積み重なった末の帰結である。
治療を受けられない、理解されない、逃げ場がない。この3つが揃ったとき、人は静かに命を絶つ気持ちに追い込まれる。WHOの報告は、そのような状況が世界規模で常態化していることを明らかにしている。
自殺が特に若年層で多い。今の社会で生きたくないということなのだろう。ちなみに、72万7,000という年間の数字は、毎日約2,000人が自ら命を絶っていることを意味する。毎分2人以上が消えている計算になる。
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「人間の心を破壊する社会」が進行している
都市部では個人単位のライフスタイルが一般化し、孤独や孤立が精神的負担が増大している。かつては共同体や家族の強い結びつきがあったので、問題があっても共同体や家族の助けがあった。今は個人単位となっているので、自分が潰れると誰も助けてくれない。
さらに現在は弱肉強食の資本主義であり、グローバル経済の不安定化、非正規雇用の拡大、物価高などが生活基盤を脅かして気が休まるヒマもない。経済格差は精神疾患の有病率と強く結びついており、低所得層ほど症状が長期化しやすいのはよく知られている。
そして、高度情報化社会になっているのだが、この社会はつながりを広げる一方で比較や誹謗中傷を増幅させ、特に若者の精神的健康に大きな影響を与えるようになってきている。真実かもしれないが、不快で、有害で、ときには無意味な情報が山のように入ってきて精神をむしばむ。
こうした社会が改まるようには見えない。とすれば、精神疾患はさらに増えていき、自殺も増えていくということになる。若者の精神的な「病み」も、どんどん深まっていくことになるだろう。
精神疾患の拡大は、個人の苦痛にとどまらず、社会全体の経済構造を根底から揺るがしていく。WHOの試算では、不安と抑うつだけで年間約1兆ドルの経済損失が発生しているのだ。この規模は一国の国内総生産に匹敵する。
端的に言うと、今ここで起きているのは「人間の心を破壊する社会」が進行しているということなのだ。世界はすでに精神疾患を抱える10億人を超える人口を抱えているのだが、10億人でとまらない。もっと増える。
「今の社会は人間を不幸にしている証拠が精神疾患の拡大だ」と言う人もいる。そうかもしれない。これが放置されれば、もはや「精神的に病んでいる状態」が多数派になってもおかしくない。
精神疾患の拡大は、現代の社会における静かな崩壊を示しているようにも見える。日本社会もまた「自殺大国」である。つまり、私たちは持続不可能な社会のまっただ中に生きている。





コメント
私も15歳の頃から向精神薬を服用しており、うつ病の再発を繰り返して25歳の頃からずっと精神障害者手帳3級を持っています。
精神疾患は本当に辛い病気です。