タイ出身だが、アメリカで活躍している「両足のないモデル」が存在する。カンヤ・セッサーだ。彼女は1992年、両脚のない状態で生まれて、捨てられた子供だった。
生まれてすぐに仏教寺院の前に捨てられ、地域の人々によって保護された。
タイでは、新生児が寺院の前に置かれるという事例は、貧困や家族の事情などで子供を育てられない親が取る最終的な手段として知られている。彼女については、おそらく障害を持つ子供を生んだという母親のショックで捨てられたのかもしれない。
彼女は地元警察に引き渡され、その後は病院で看護師たちの世話を受けながら育てられた。中でも「メー・チャン」と呼んで慕った看護師は、彼女にとって最初の母親的存在となった。
警察は父母を探したが、結局は見つからず、幼少期の大部分を病院で過ごすことになった。6歳になる直前、アメリカの養子縁組制度を通じてオレゴン州ポートランドに移住することが決まった。
1990年代後半のアメリカは、多文化共生を社会政策のひとつとして掲げ、海外からの養子を受け入れる家庭が増加していた。
彼女はその流れの中で新しい家庭に迎えられ、以後はアメリカでの生活が始まった。もちろん、新しい環境は彼女には容易ではなかったようだ。彼女は英語を話すことができず、言語の壁に阻まれて周囲との交流が極めて難しかった。
特に学校に通い始めた当初は、教師や同級生と意思疎通ができない状況が続き、孤立感を強めた。彼女の場合、そこに身体面での困難もあった。両脚がないだけでなく、手には余分な指や癒着した指もあった。
そのため、複数回の手術を受けることになった。医療技術の進歩によってある程度の改善は得られたものの、身体的制約は日常生活のあらゆる場面に影響を与えた。それでも彼女は義足に頼らず、自らの両腕を使って移動する方法を選んだ。



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