何もない時期でもトラブルが起きるのが旅。新型肺炎で面倒が重なっていく

何もない時期でもトラブルが起きるのが旅。新型肺炎で面倒が重なっていく

こういう時期に旅行に行くというのは、確実に面倒に巻き込まれる可能性が増えるということを意味する。状況は刻一刻と変化しているので、場合によっては計画通りに戻れないかもしれない。旅行に行って新型コロナウイルスにかからなくても、まわりが普段とはまったく違っているので、面倒を楽しむのが目的ではないのであれば、この時期の旅行は避けるのが無難だ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

この時期の旅行は確実に面倒に巻き込まれる可能性

中国・武漢で発生した新型コロナウイルスがパンデミックを起こしているのだが、このような事態になると、どこに行っても空港の出入国審査もスムーズにいかないし、町の様子も普段とは違って活気もなくなるし、移動や人ごみでは疑心暗鬼も募る。

また、現地の人々も「よそ者は避けたい」という無意識の防御もあるので、素朴な親しさよりも警戒心が表に出る。下手に風邪をひいて咳のひとつでもしたら、それだけで周囲から人が消えていくだろう。

また移動の電車やバスの中で中国人の団体がいて、彼らの中に咳をしている人がいたら誰もが内心穏やかでいられなくなるはずだ。状況によっては、自分が誰かに避けられることもあれば、自分が誰かを避けることもある。

クルーズ船で旅行していた中国人の団体客の中から、新型コロナウイルスの感染者が出て3500人が沖合で「待機」という名の「隔離」をされているのを見ても分かる通り、このような時期の旅行では不測の事態も次々と起こる。

こういう時期に旅行に行くというのは、確実に面倒に巻き込まれる可能性が増えるということを意味する。状況は刻一刻と変化しているので、場合によっては計画通りに戻れないかもしれない。

旅行に行って新型コロナウイルスにかからなくても、まわりが普段とはまったく違っているので、面倒を楽しむのが目的ではないのであれば、この時期の旅行は避けるのが無難だ。

別に旅行先は今行かないと消えてなくなるわけでもないし、延期できるものであれば延期して「旅行以外の楽しみ」を追求した方がいい。

というわけで、私の旅行の計画は数ヶ月先まで白紙になった。昔は「トラベルはトラブルだ」と叫んで無謀な旅行にも行っていたが、あれは若さだったのだろう。

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「今はいかない方がいい。飛行機も飛んでない」

まわりの状況が変化している最中に、旅先にいたことは数え切れないほどある。いろんなことが印象に残っている。

1997年7月、私はバンコクにいた。その頃、現地の旅行者の間で「カンボジアの首都プノンペンのアンダーグラウンドが面白いことになっている」と聞き捨てならない噂を聞いた。

そこにはブラックな世界が広がっているというのである。それを聞いた後、矢も楯もたまらずカンボジアの首都プノンペンに入りたいと思って旅行代理店に出向いた。

ところが、代理店のスタッフは「今はいかない方がいい。飛行機も飛んでない」と言うのだった。何が起きたのかを聞くとスタッフはひとこと、こう言った。

“War”(戦争だよ)

カンボジアは、ベトナム戦争で巻き込まれ、ポル・ポト政権が自国民の大量虐殺を行い、その後も内戦が延々と続き、1990年代になってやっと内戦と混乱が収まって平和になったばかりの時期だった。

政治も落ち着いて、もうカンボジアに行き来する旅行者が1997年にはいたのである。ところが、「また戦争が始まった」と旅行代理店のスタッフは私に教えてくれて、私のカンボジア行きは頓挫した。

後で調べてみると、二人首相制を取っていた当時のカンボジアの政治情勢が破綻したことによる混乱であったことが分かった。第二首相だったフン・センが、第一首相のラナリットを武力で追い出したのだった。

この政治的混乱はすぐに収束したのだが、政治的に不安定な国はこんなことも起こり得るというのを確認した出来事で、私には今も印象に残っている。そして、その数年後にも、戦争の陰が付きまとってきた。

2001年。タイやカンボジアにどっぷり浸っている時期に遭遇したのがアメリカの同時多発テロ事件だった。

1999年のカンボジアの売春地帯では何があったのか。実話を元に組み立てた小説、電子書籍『スワイパー1999』はこちらから

外国人観光客202人が死亡するという大惨事に

この2001年の同時多発テロ事件ほど旅人にインパクトを与えた事件は他にない。何しろ、テロの道具として民間の旅客機が使われたのだから、そのインパクトは計り知れないものがあった。

この事件の後から空港の警備はひどく厳しくなり、出入国管理はうんざりするほど厳しいものになっていった。飛行機に乗るのにやたらと時間がかかり、やたらと所持品を調べられ、靴の中にまで調べられる始末だった。

その当時、私は旅の拠点をカンボジアからインドネシアに移していたのだが、インドネシアからタイに入国する時もまた異常なまでに質問を受けた。

「いったいなぜインドネシアにいたのか?」「インドネシアで何をしていたのか」「インドネシアに知り合いはいるのか?」と、根掘り葉掘りだった。

インドネシアはイスラム国家であり、当時は「イスラム=テロリスト」というイメージで染まっていたので、インドネシアに集中して入国を繰り返している私はよほど怪しい人間に見えたに違いない。

2001年の同時多発テロ事件を起こしたのは中東のアラブ人であって、インドネシアは同じイスラム国家でも人々は穏健だ。だから、私はインドネシアにいることに何ら不安を持たなかった。

確かにインドネシアにもイスラム原理主義者がいて、彼らの行動が目立つようになっていることは知っていた。しかし、私が目にしていたインドネシアの人々は誰もが、そんな原理主義者とは関わりがなく、世俗的に暮らしていた。

しかし、2002年のある日、このインドネシアで2001年の同時多発テロに匹敵するようなテロが起きてしまった。バリ島爆弾テロ事件である。バリ島の観光地クタで路上に止めてあった自動車爆弾が爆発し、外国人観光客202人が死亡するという大惨事になっていたのだった。

これ以後、空港の警備はますます厳しくなってしまった。

地獄のようなインド売春地帯を描写した小説『コルカタ売春地帯』はこちらから

ますます旅はトラブルまみれになって面倒になっていく

さらにこの頃、「トラベルはトラブル」を思い知らされたのが、中国で起きていたSARS(重症急性呼吸器症候群)だった。空港はテロの警備と共にSARSの対応にも追われていて、旅はやたらと面倒くさいものになっていた。

空港で遅れた飛行機を延々と待っていたら、防護服を着た作業員が空港の床を消毒して回っていたのもこの時期だった。

たまたまキャセイパシフィック航空に乗った時は、客室乗務員は全員マスクをつけていて、乗客全員がマスクの着用を強制された。ところが、ファランのカップルが拒否して揉めたのを思い出す。

この頃の空港は面倒くさい上に飛行機の発着が時間通りでなくなることが多くて、旅はスムーズではなかった。

やっとSARS騒動が終わった時、これで旅の面倒がひとつ終わったと安堵したのだが、まさか2020年になって、またもや新型コロナウイルスで同じようなことになるとは思わなかった。

こうした歴史に残る事態だけでなく、天変地異も旅を面倒にする。日本はやたらと台風に直撃される国なのだが、台風で発着が大幅に遅れるというのは何度も何度も経験している。旅とは、本来はそういうものなのだ。

何もない時期でも何か突発的なトラブルが起きるのが旅なのだが、そんな中で今回の新型コロナウイルスのような問題が起きると、ますます旅はトラブルまみれになって面倒が重なっていく。

新型コロナウイルスの問題は一刻も早く片が付いて欲しいのだが、ワクチンがいつ開発されるのかまだ分からないので、数ヶ月は尾を引くことになるのは覚悟しないといけないのかもしれない。

2020年は、幕開け早々やたらと大変な事態になっている。

『タイでは郷愁が壁を這う: 旅と、ノスタルジーと、愛する女たちのこと(鈴木 傾城)』

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