大阪には、飛田新地、松島新地、今里新地、信太山新地、滝井新地……といくつもの「ちょんの間」が生き残っている。さらに尼崎にも、かんなみ新地が生き残っている。
この6つの新地を関西人は「6大新地」と呼んでいるのだが、実は、私は滝井新地を除いた5つの新地にはすべて足を運んで見てきている。
関東は町田の通称「田んぼ」や横浜の「黄金町」があったのだが、すでに2005年には壊滅した。いくつもの「ちょんの間」が生き残っている関西の特異性には驚くばかりだ。
なぜ関東の「ちょんの間」が絶滅して関西の「ちょんの間」が生き残ったのかは、日本のハイエナたちの間で議論があるのだが、私は「関東のちょんの間の主力は外国人女性で、関西のちょんの間の主力は日本人女性だったから」と理解している。
私が最も愛していたのは町田だった。なぜか。そこが東南アジア女性の巣窟だったからだ。
町田の「ちょんの間」がどのようなところだったのかは小説『グッドナイト・アイリーン』で書いた。この小説は、町田の「ちょんの間」を舞台にした日本唯一の小説だ。
描写のすべては想像ではなくリアルである。「ちょんの間」をうろうろしている胡散臭い主人公の男は誰がモデルなのかは分からないが……。(アマゾン:電子書籍『グッドナイト・アイリーン=鈴木傾城』)