「最後にもっとおいしいもの食べさせてあげられなくてごめんね」と無理心中へ

近年の統計では、無理心中で亡くなる子供は20年間で652人に達している。無理心中事件の多くは、経済的困難が直接の動機と明記されていなくても、その背後に貧困や孤立が存在することが推測される。しかもシングルマザーのケースが多い。子供を抱えた母親が、精神的に追いつめられて悲劇を生む。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

母子家庭の貧困率は約4割超

最近、夫と娘ふたりに睡眠薬を飲ませた上で、練炭を燃やして殺害しようとした28歳の母親に、検察側が懲役5年の求刑をする出来事が報道されていた。

彼女は税金の支払いなどに窮して精神的に追い込まれ、もう家族全員で死ぬしかないと思いつめて無理心中を図ったのだった。夫や娘は助かってはいるが、彼女は殺人未遂で刑務所に入る確率は高い。

近年の統計では、無理心中で亡くなる子供は20年間で652人に達している。無理心中事件の多くは、経済的困難が直接の動機と明記されていなくても、その背後に貧困や孤立が存在することが推測される。しかもシングルマザーのケースが多い。

無理心中はかならずしも母親が子供と一緒に死のうとするケースばかりではないのだが、シングルマザーの貧困が無理心中の契機になっていることが多い事実は不幸な現実でもある。

母子家庭の貧困率は約4割超となっている。就労率が高くても非正規雇用が多く、収入は平均300万円前後にとどまる。これは子供のいる世帯の平均所得の半分以下だ。彼女たちの生活基盤は脆弱である。

住居費、教育費、医療費などの負担が積み重なる中で、税や公共料金の滞納、借金、収入減少などが生じれば、一気に生活困窮へ転落する危険性が高まる。母子家庭でなくても、夫にまったく生活能力がなければ結果は同じである。子供を抱えた母親が、すべてを抱えて精神的に追いつめられる。

母子家庭では、相談できる相手がいない、支援制度を使いこなせない、そもそも制度にアクセスする気力がない、といった社会的孤立が深刻である。育児と仕事を一人で担う負荷は大きく、精神疾患や極度の疲弊を招きやすい。

これらの負荷が連鎖すると、「生活を立て直す」という選択肢よりも、「この苦しみを終わらせたい」という思考が支配的になり、子供を道連れにする最悪の判断に向かってしまう可能性がある。

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「育児」「家事」「収入確保」の重荷

「日本はシングルマザーに冷たい国だ」とはよく言われるのだが、東南アジアのいろんな国を見てきた私に言わせると、それは当たっていないと感じる。どこの国でもシングルマザーは苦心惨憺の状態で生きている。

フィリピンではシングルマザーの子供は親戚全員で面倒を見るみたいな状況もあるが、それでシングルマザーがラクしているのかというと、まったくそうではなく、彼女は子供を親戚に預けて出稼ぎに行ったり、歓楽街で働いたりしているのだ。

東南アジアの歓楽街ではシングルマザーの母親が子供のために必死で働き、身体を売ってでも稼ごうと悪戦苦闘しているのは、『ブラックアジア売春地帯をさまよい歩いた日々』の中でも何度も何度も記してきた。

タイでも、カンボジアでも、インドネシアでも、フィリピンでも、インドでも、そういう女性がおびただしく存在していた。まだ20歳そこそこの女性ですらも、すでに3歳、4歳の子供がいたりするのが東南アジアの売春地帯である。

そういう現状を見ると、シングルマザーという立ち位置そのものが女性を困窮させる大きな要因になっているというのがわかる。子供を抱えてフルタイムの仕事をするというのは、どこの国の女性にとっても地獄のように苦しい生き方だ。

少し考えれば、その理由はすぐに思いつく。

日本でも彼女たちは、「育児」「家事」「収入確保」という三つの負荷を、たったひとりで同時に背負わされるのだ。子供を抱えて働く場合、保育園の送り迎え、急病への対応、学校行事など時間的制約が常に発生し、フルタイム就業が難しくなる。

結果として非正規雇用に偏り、収入が低く、昇給も見込みにくい。不安定な収入は住居・教育・医療といった基本的支出にも影響し、税や公共料金の滞納へ連鎖するリスクも高まる。

さらに、パートナー不在により精神的負荷が重く、相談相手も少ないため孤立しやすい。育児で体力を削られ、働いても経済は安定せず、頼れる制度や人も乏しい。この三重苦が重なっていくのだから、精神的に疲弊しない女性はいないのではないか。

圧倒的「病み垢」女子
圧倒的な「闇」を体現するのが「やむやむさん」だった。オーバードーズを「人生そのもの」と語り、幻覚に心地よさを感じ、度重なる救急搬送にも「怖くない」と笑う。

室内から見つかったメモの内容とは?

シングルマザーは構造的に困窮へ追い込まれやすく、逃げ場のない過酷な生活を強いられる。彼女たちの中には生活保護を受ける資格がある女性たちも多い。しかし、生活保護を受けたがらない女性も多い。

「国に迷惑をかけたくない」「自分でギリギリまで何とかしたい」と遠慮したり、そもそも生活保護を受けるということに気がつかない女性もいる。あるいは、生活保護を受けることで「子供がいじめられる」とか「世間に顔向けできない」とか考える女性もいる。

中には「生活保護を受けることで子供を育てる能力がないと思われ、子供を強制的に施設に預けられて離れ離れになってしまう」と危惧する女性も多い。彼女たちにとっては子供は負担でもあるが、同時に絶対に失いたくない宝物でもある。

だから、子供を失うくらいなら「一緒に死ぬ」という思いつめた感情になっていく。

シングルマザーの無理心中と言えば、大阪市北区で起きたある事件を思い出す。2013年5月24日に起きた事件だが、あるマンションで28歳の女性と、3歳の息子が揃って死亡している事件があった。

上階に住む人が、悪臭がすると管理会社に通報し、管理会社が部屋を調べたところで死体が発見された。死後数か月が経過しており、腐敗も進んでいた。室内は現金が小銭程度しかなかった。冷蔵庫もなく、食べ物は食塩が置いてある程度だった。

遺体は母親が冬物のスエットの上下、そして子供には厚手のトレーナーが着せられていた。電気も、ガスも止められており寒かったのだろう。死因はわからなかったが、状況からして間違いなく無理心中だった。

そんな中で、室内からひとつのメモが発見されたという。そこには、自分の3歳の息子に当てた母親の悲しい心境が綴られていた。

「最後にもっとおいしいものを食べさせてあげられなくてごめんね」

ほとんどお金がない中で追いつめられ、そして絶望していったのが窺える。最後の最後まで子供を思い、おいしいものを食べさせてあげられない哀しみに暮れていた母親の無念が胸に染みる。

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日本女性が貧困から風俗の世界に入る姿を見聞きするうちに、彼女たちは実際にはどんな女性たちなのだろうかと興味を持つようになっていた。

そのまま二度と帰って来なかった母親

彼女の哀しみは胸に堪える。貧困が増えるというのは、どういうことなのかというと、彼女のような境遇の女性たちが増えるということでもある。

貧困の悲劇は国家的災厄とは思われていないので、無理心中の事件なんかは数行で片づけられて翌日には忘れられてしまうのだが、当事者にとっては人生の最後の瞬間まで心に刻まれる傷となる。

かつて私が東南アジアで出会った女性たちも、それぞれ貧困については多くの悲しい想い出を胸に秘めて生きていたのを思い出す。以前、ブラックアジアのひとつの文章の中で、このように書いたことがあった。

彼女はわんわんと泣きじゃくり、どうして自分の母親が死んだのかを話してくれた。幼かった彼女は、ある日とてもお腹がすいて母親に泣いて何かを食べたいと訴えていたのだという。

しかし、家に食べるものがない。彼女の母親は食べ物を買ってくるからと出かけて、そのまま二度と帰って来なかったのだという。出先で交通事故に巻き込まれて死んでしまったからである。

「もしわたしがお腹がすいたなんて言わなければ、お母さんは死ななかった」

貧困が生み出した悲しい打ち明け話だった。彼女は貧困の中で母を失い、自らは身体を売って生きていた。身体を売っていたからと言って彼女が金持ちになっていたわけではない。貧困層の売春は単価が安く、生活はできても余裕はできない。

貧困とは、そういう悲しい出来事が毎日のように起こる。そんな中で、日々、合理的な判断ができるわけではない。ふと、「ああ、疲れたな。このまま死んでしまったら楽かもしれないな」と母親が思ったとき、無理心中が頭によぎる。

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今もそのような状況になっている女性がいる

貧困で追いつめられても、最後まで希望を捨てなければ助かる道もあったはずだと論理的に考える人もいる。だが、物事はそんな簡単な話ではない。追いつめられて最悪の状況になったとき、人は視野狭窄のような状況になってしまう。

「最後にもっとおいしいものを食べさせてあげられなくてごめんね」と無理心中していった母親もきっとそうだったのだ。もう疲れ果ててしまって、このまま息子とふたりで静かに死んで楽になりたいというのが彼女の考えたベストな判断だったのかもしれない。

経済的にギリギリまで追いつめられ、孤立無援になった女性がそう考えたとしても、それは何ら不思議ではない。彼女は、もういろんな人に迷惑をかけたと自分で考えて、それが重荷だった可能性もある。

彼女は、ここで助けてもらっても一時しのぎに過ぎず、また次の危機がやってきて、自分にはそれを乗り越えることができるようには思えなかったのかもしれない。彼女は電気もガスも止められていた。

すでに家賃も払えなくなっていたという状況なのだろう。なぜ彼女が息子の父親や、両親に助けを求められなかったのかはわからないが、人にはそれぞれ家庭環境があって、いろんな事情が重なっていたのだろうと推測するしかない。

絶望が重なるだけ重なっていくと、日に日に精神状況も悪化していく。所持金は絶望的なまでに減り、電気が止まり、ガスが止まり、家賃も払えないとなればすべてを失って路頭に迷う。

今も、そのような状況になっている女性が、社会の裏側で苦しみながら生きているはずなのだ。彼女のように追いつめられている貧困の女性がたくさんいるはずだ。経済格差が広がっていく社会の中で、悲劇はとめどなく増えていくだろう。

そして、力尽きた母親は「最後にもっとおいしいものを食べさせてあげられなくてごめんね」と子供に謝り、自分の宝物であったはずの子供を道連れにして消えていく。

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コメント

  1. 晶子 より:

    今私には悩み事があるのですが吹っ飛びました
    貧困層のシングルマザー、何て辛いんだろう
    元役人の私としては「生活保護を申請すれば良いのに」と思ってしまいますが
    怖くて役所に行けない人が居ると先輩から聞いた事があります
    そして、役所は「申請主義」だから主張しなければ助けてあげられない
    どうすれば良いのだろう…

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