
ここ数年、「若者は酒を飲まなくなった」「世界でアルコール消費が減少している」といった報道が目立っている。ノンアルコール市場も拡大している。これを持って、マスコミはしきりに「アルコール離れ」を喧伝しているのだが、私はこれに疑問を抱いている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
広がっているソバーキュリアスとは何か?
ここ数年、「若者は酒を飲まなくなった」「世界でアルコール消費が減少している」といった報道が目立っている。
統計的にもそれを裏づける数字は存在する。たとえば世界保健機関(WHO)は、2010年の世界の1人あたり純アルコール消費量を5.7リットル、2019年には5.5リットルと報告しており、わずかながら減少傾向を示している。
さらにユーロモニターの2023年の報告では、世界全体のアルコール飲料の出荷量が前年比マイナス0.2%となり、15年ぶりに実質的な減少を記録した。
この背景には、ミレニアル世代やZ世代を中心とした若年層による「健康志向」の高まりがあるという。
節酒・禁酒に前向きな「ソバーキュリアス(sober curious)」と呼ばれるライフスタイルは、欧米を中心に一定の広がりを見せており、日本においても「飲みニケーション」離れや「宅飲み」の減少が指摘されている。
また、ノンアルコール市場の拡大もこの動きを支えている。ノンアルビールやノンアルカクテルといった商品は年々売上を伸ばしており、米国では2019年から2024年までの5年間でノンアルビール市場が+175%成長したというデータもある。
実際、Z世代の一部はアルコールに否定的な価値観を持っている。社交の場で無理に飲酒することを「時代遅れ」と感じる空気が形成されつつあり、「飲めない」ではなく「飲まない」という選択が広まりを見せている。
SNSなどを通じて「節度ある生活」を可視化・共有する文化が広がったことで、飲酒行動が抑制されるようになったことも否定できない。これを持って、マスコミはしきりに「アルコール離れ」を喧伝しているのだが、私はこれに疑問を抱いている。
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アルコールはただの飲み物ではない
アルコール飲料が人類の歴史に登場したのは非常に古い。考古学的な証拠によれば、ビールの原型は約9000年前の中国で、ワインは紀元前6000年頃のジョージア(グルジア)で、すでに造られていたことが確認されている。
つまり、アルコールは人類が農耕を始めた時期とほぼ同時期に登場しており、単なる嗜好品ではなく、文化・宗教・社会制度と深く結びついてきた存在である。
たとえば、古代エジプトではビールは労働者への支給品として用いられ、神への供物でもあった。キリスト教ではワインが宗教儀式の中心にあり、イスラム教においても歴史的には詩や文化の中で酒が語られていた時代がある。
日本でも神道の儀式では古来から「御神酒(おみき)」が用いられており、年中行事や祝いの場に欠かせないものとなっている。
つまり、アルコールは「酔うための液体」である以前に、「意味を伴う行為」として社会の中に組み込まれてきた。宴席、契約、結婚、弔い、戦勝といった人間の重大な場面において、アルコールは媒介として機能してきた。
ノンアルコール飲料がいくら普及しようとも、こうした儀礼的・文化的意味合いを置き換えることはできない。
歴史を振り返れば、政治的な力でさえアルコールの消費を止めることはできなかった。1920年代のアメリカで施行された禁酒法は、かえって密造酒の流通と犯罪組織の拡大を招いたのはよく知られている。
法律によって一時的に市場からアルコールを排除したとしても、社会の側がそれを受け入れなかったのだ。
飲酒量の減少が起きている今も、その根底にある文化的な構造はまったく崩れていない。むしろ、アルコールにまつわる価値やこだわりは深化しており、産地や製法、熟成のこだわりに情熱を注ぐ層は今なお世界中に広がっている。
アルコールは単なる飲料という枠を超えて、人類が共有してきた「意味と感情の媒体」として、社会の深層に根を張っているのだ。今の一時的な「ソバーキュリアス的な風潮」で数字の上での減少があったとしても、それはこの構造を揺るがすものではない。
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若者の「飲まない」は、持続しない
アルコール離れの象徴とされてきた若者世代の動向を見てみると、たしかに一時的には飲酒量の減少が観察されている。だが、その傾向は、すでに揺り戻しの兆候を見せているのは興味深い。
たとえば、イギリスの調査会社YouGovが2021年におこなった調査では、「Z世代の約34%がまったく飲まない」との結果が出たが、2023年には英Financial Timesが別のデータを用いて「Gen Zの飲酒率が66%から73%に上昇した」と報じている。
つまり、わずか2年で「飲まない」が後退し、「飲む」がふたたび増加に転じている。
この変化の背景には、パンデミックの収束とともに、ふたたび外食・社交の機会が戻ってきたことがある。パンデミック中は外出機会の減少や健康不安により、飲酒を控える人が増えていた。
だが、経済活動の正常化とともに、外で人と会い、祝ったり語らったりする機会が復活し、その場における飲酒も自然と戻ってきている。生活の形式が元に戻れば、飲酒行動も連動して戻ってくる。当然のことだ。
また、消費行動の面からも同様の傾向が見られる。アメリカでは2023年におけるワインとビールの出荷量がやや回復傾向を示しており、業界内では「健康志向ブームは頂点を越えた」との見方も出ている。
ノンアルコール市場が成長している事実はどうか。
それは、実は「アルコールの代わり」になっているわけではない。むしろノンアル製品は「ふだんは飲まないが、場には参加したい」という層に向けた選択肢として機能している。
つまり、酒を完全にやめた人ではなく、必要に応じて使い分ける人に支持されているにすぎない。これはつまり、「飲まない人が急増している」わけではなく、「飲むかどうかを選べる時代になった」というだけの話である。
20代から30代前半は、経済的余裕やライフスタイルの変化によって飲酒習慣を柔軟に再構築しやすい年代でもある。若い頃は控えていても、昇進や結婚、出産後の生活変化などを機に、ふたたび飲酒を始める人は少なくない。
「若者が飲まなくなった」という一部のデータは、その瞬間を切り取ったにすぎない。生活環境、経済状態、社会の空気といった外的要因によって、飲酒の習慣は簡単に変化する。
つまり、若年層の「飲まない」という選択は固定された価値観ではなく、きわめて変動的なものなのだ。減ったように見えるのは一時的な低下であり、それが今後も持続するという保証はどこにもない。
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世界は「飲む方向」へと広がっている
先進国でアルコール消費の減少が話題になる一方で、世界全体に目を向けると、まったく異なる動きが見えてくる。多くの新興国では、むしろアルコールの消費が増えており、「飲む文化」がこれから定着し始めようとしている段階にある。
たとえばアフリカでは、ビールを中心としたアルコール飲料の市場がこの10年で継続的に成長している。ナイジェリアやケニアなどでは年平均4〜5%の伸び率を記録しているくらいだ。
東南アジアやインドでも、都市化と中間所得層の拡大に伴ってアルコール市場が拡大しているのは事実である。
これらの地域では、かつては宗教的・文化的理由からアルコールの消費が制限されていたが、都市部を中心に生活様式が変化しつつあり、社交の手段としてアルコールが徐々に受け入れられつつあるのだ。
これは先進国における「飲まない文化」とは逆方向のベクトルである。
大手酒類メーカー(たとえばAnheuser-Busch InBev、Diageo、Pernod Ricardなど)はこうした新興国市場を「次の成長軸」として明確に位置づけており、積極的な投資と現地市場への適応を進めている。消費が先進国で一時的に停滞しても、グローバルな需要構造は今後も膨張し続ける。
さらに重要なのは、人口動態の影響である。
世界の人口は2024年時点で約80億人だ。今後も人口の伸びは主にアフリカとアジアの一部に集中すると予測されており、これらの地域では今後数十年にわたり、労働人口と中間層が著しく拡大することが確実視されている。
つまり、「これから飲む人」のほうが圧倒的に多いのだ。先進国での消費量が減少したとしても、それは人口動態的には補われ、むしろ増加に転じる可能性が高い。
また、アルコールの輸出入に目を向けても、世界の取引量は一貫して拡大傾向にある。たとえば日本酒やウイスキー、スコッチなどの高級酒類は、文化的背景を超えて世界中で人気を集めており、海外市場における販売は右肩上がりに推移している。
結局のところ、アルコール消費が減少しているのは、限られた地域と世代における一時的な傾向でしかない。
飲まない人が増えているという話にばかり注目が集まるが、それは極めて視野の狭い捉え方である。現実には、アルコールを飲む人間の総数はこれから増える。それが数字と構造の両面から見た正確な現実である。




コメント
『純喫茶ブラックアジア』で何度も書いていますが、私はお酒が大好きです。特に仕事終わりのお酒がやめられません。
氷結、ほろよい、檸檬堂が缶で発売されている酒類で愛飲しているもので、他にもカクテルは自分で作って飲んだり、週1でバーにも飲みに行ったりしています。
ただ悲しいかな、私はお酒に強いので酔うことがあまりできません。
お酒を大量に飲んだらなんとか酔うことはできますが、健康に悪いので…。
経済力が上がるとタバコと酒から離れていくみたいです。