セックス産業で生きる女性たちの話を聞いていると、かならず気づくことがある。それは、どの女性も凄まじく強烈な過去のトラウマを引きずっていて、それが忘れられなくて苦しんでいることだ。
ある女性は自分にDVをふるっていた親を忘れられずに自傷していたし、ある女性はボーイフレンドにひどい言葉で罵倒されたことが忘れられずに整形に走っていた。大勢にレイプされたことが激しいPTSDになっている女性もいる。
アンダーグラウンドの女たちは、みんなそれぞれ底が見えないほど壮絶な経験を持っている。別の言い方をすれば、多くの女性が過去の壮絶な経験でPTSD(心的外傷後ストレス障害)に落ちていたのだ。
しかし、振り返ってみると「自分を苦しめる記憶」で、自分自身を消耗させてしまっているのはセックス産業で生きる女性だけではない。人間は生きていると誰でもひとつやふたつは「自分を苦しめる記憶」を持っているはずなのだ。
忘れたいのに忘れられない。自分を苦しめる記憶なのに、そういう記憶に限って繰り返し記憶の底から湧き上がってくる。他のことは忘れても、そのことだけは忘れられないのだ。
もちろん、私自身も思い出したくない記憶は、ひとつふたつどころか山のようにある。それもそうだ。よく考えたら、私がいた世界は「東南アジアの売春地帯」というアンダーグラウンドであったからだ。
仲の良かった女性にカネを盗られた、信じていた女性に騙された、売春宿を仕切るママサンに罵倒された、チンピラに殴られた、ナイフを突きつけられた、ホームレスの女性に詐欺を仕掛けられた、好きになった女性が忽然と消えた……。
それだけでなく、不幸な女性たちのことを知ってしまったがゆえに、その女性の苦しみが自分に乗り移って一緒にPTSDになるような感覚を覚えることもある。「自分を苦しめる記憶」を数え上げれば、相当な数になる。
そんな中で生き残るには、ある能力を磨く必要があることを痛感する。その能力というのは、「自分を苦しめる記憶を早く忘れる方法」である。