◆南スーダンの政情不安の裏には、民族対立という爆弾がある

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2011年、スーダンは南北に分離して「南スーダン」という新しい国ができた。

スーダン内ではイスラム教徒とキリスト教徒が常に衝突していたが、2011年に国が分離したことにより、スーダンにはイスラム教徒が、そして南スーダンにはキリスト教徒でほぼ分離された形になった。

ただし、これで問題が解決したわけではなく、富をもたらす油田地域を巡って南北で激しい対立が生まれて軍事衝突も起きていた。

スーダン政府は早くも南スーダンの打倒を明言していて、国境地帯は紛争地区となった。

そして、2013年12月。国ができてまだ2年と少ししか経っていないにも関わらず、南スーダンでは激しい内部対立が表面化し、国の存続が脅かされるような事態に突入した。

クーデターが発生して、すでに500人以上が死亡し、数万人が住居を捨てて逃げ惑うという大混乱になっているのである。

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