彼は、タイに足を踏み入れるまで「歓楽街」には行ったことがなかった。
それまで彼は酒も飲んだこともなかったし、マリファナを吸ったこともなかった。夜の女たちにも興味がなかった。アンダーグラウンドにも興味がなかったし、そういった世界の人間との接点もなかった。
タイに行くまでは……。
彼が初めてタイを旅したのは二十歳の時だった。旅は楽しかった。しかし、ほんの小さな「旅の武勇伝」のために、「パッポン」なる場所に向かって、思い切って一軒のゴーゴーバーなる場所に入ってしまった。
彼はそこで自分と同じ二十歳の女性に会って、彼女があまりにも大人びて輝いていて自分と違う世界で活き活きと生きていることにショックを受け、同時にこの女性に一目惚れしてしまった。
彼は悩んで悩んで悩み抜いて、この女性を連れ出した。売春する女と関わる。それは、彼の人生の初めての「汚点」だった。それから、どうなったのか。彼はその後、数十年に渡って売春地帯をさまよい歩く堕落した男になってしまったのだった。
彼は、ちょっとした「旅の武勇伝」を体験したかっただけだった。しかし、違う世界を知ってしまい、大きく人生が変わってしまった。