◆映画『赤線地帯』に見る、1950年代の日本の裏社会の出来事

◆映画『赤線地帯』に見る、1950年代の日本の裏社会の出来事

日本は1945年に敗戦を迎え、日本に上陸したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)はすぐに公娼廃止指令を出した。

しかし、日本には「遊郭文化」が根付いていたので、そう簡単に売春ビジネスは消えなかった。遊郭は「特殊飲食店(カフェー)」に鞍替えして生き残った。

政治家や官僚も遊郭で政治を語り、男は遊郭で友情を深めるのが当たり前の時代だった。GHQの命令には、日本人の上から下までみんな反対した。

やがて、1956年に売春防止法が制定されたのだが、戦後のどさくさの中で売春ビジネスに追いやられた女たちの多くがこれで途方に暮れた。

この売春防止法が制定される前後の日本は貧困が蔓延していた。貧しい女性のために「売春」という仕事はまだまだ日本に必要だという無意識の総意がそこにあった。

この1946年の公娼廃止指令から1956年の売春防止法までの期間において、売春ビジネスが黙認されていた地域は警察によって地図に赤線で丸が書かれて特別視されていたので、この地区は赤線地帯と呼ばれるようになった。

いったい、この赤線地帯はどんな光景だったのか。

コンテンツの残りを閲覧するにはログインが必要です。 お願い . あなたは会員ですか ? 会員について

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

歴史カテゴリの最新記事