「ガネーシャは実在していた」と主張するヒンドゥー原理主義者たち

「ガネーシャは実在していた」と主張するヒンドゥー原理主義者たち

「ガネーシャ」という神を知っているだろうか。

胴体は人間なのだが顔は象になっている、あの奇妙でインパクトのある神だ。

ヒンドゥー教の神話に出てくる神のひとりなのだが、あまりにも特異な容姿のために、インドで広く信仰されているシヴァやパールバティよりも国外で知られている。

最近、インドで「ガネーシャは古代インドで移植手術が行われていた証拠である」と主張する人物が現れ、学者たちにその証拠を見つけよと命令している。

ガネーシャ自身が荒唐無稽な想像上の産物だ。そんなことはガネーシャの「ありえない容姿」を見れば分かるはずだ。

しかし、それを実話と思い込み、さらに移植手術まで行われていたと考えるのだから、その無知蒙昧さと常識のなさに呆れてしまう。

ところで、誰がそんなことを言っているのか。それを言った人物は、インドの元首相ナレンドラ・モディ氏である。モディ首相はヒンドゥー原理主義者であり、心の底からヒンドゥー教を信奉している。

だから、ガネーシャですらも「実在していた」と思い込めるのである。

モディ首相は、イスラム教徒の排斥を黙認している

私がインド・コルカタで知り合った女性の少なからずはイスラム教徒だった。コルカタは隣国バングラデシュと国境を接しているのだがバングラデシュはイスラム教の国である。

そのため、バングラデシュの貧困層が国境を超えてコルカタに入り、スラムを形成し、そのスラムの一角に売春宿が林立していたのだ。

この売春地帯に、バングラデシュからやってきたイスラム教徒の娘たちが売春ビジネスで食べていたのだった。

このインド売春地帯の話はブラックアジア「売春地帯をさまよい歩いた日々インド/バングラ編」で詳しく書いた。(ブラックアジア「売春地帯をさまよい歩いた日々インド/バングラ編」

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インドには、コルカタだけでなくムンバイにもニューデリーにも多くのイスラム教徒がいる。実はこのインド国内のイスラム教徒が今、着実にインド国内で追い込まれている。

ナレンドラ・モディ首相は「ガネーシャは実在していた」と思い込むくらいヒンドゥー至上主義なのだが、このヒンドゥー至上主義はしばしばイスラム教徒と対立・衝突・殺し合いをしていてイスラムを深く憎悪している経緯がある。

モディ首相自体はイスラムの排斥を扇動することはいっさいないのだが、ヒンドゥー至上主義者たちの活動を抑制することもない。

そのため、インド国内でイスラム教徒の襲撃が相次いでおり、インド各地で宗教的憎悪による死者が積み上がる事態となっている。モディ首相は、イスラム教徒の排斥を黙認しているのである。

 

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ガンジーはイスラム教徒に譲歩しすぎたのか?

インドは歴史的にイスラム教徒と激しく対立してきた歴史がある。そもそも、インド独立に際してイスラム教徒が分離独立を強硬に主張したところから、根深い対立が止まらなくなった。

インドは当初は「ひとつの国」としてイギリスから独立する予定だった。しかし、ヒンドゥー教徒の国「インド」とは別に「パキスタン」というイスラム国家で分裂してしまった。

これを許したのがマハトマ・ガンジーだった。

ガンジー暗殺は、「イスラム教徒に譲歩しすぎた」と考えるヒンドゥー至上主義者による事件だった。いかにヒンドゥー至上主義者がイスラムに対して「激しい憎悪」を持っているのかが分かるはずだ。

現在の首相ナレンドラ・モディは、イスラム憎悪を鮮明にするヒンドゥー至上主義出身であり、だから実はガンジーを心から崇拝することはない。

モディ自身も「ガンジーはイスラム教徒に譲歩しすぎた」と考えている気配がある。

インドでは子供たちの教科書から「ガンジーを暗殺したのはヒンドゥー至上主義だった」という事実を抹消しているのだが、これを命令しているのもモディ政権であるからだ。

逆にガンジーを暗殺したナトラム・ゴドセを「正しいことをした」と奉る動きが活発化している。そのうちに暗殺者ナトラム・ゴドセが「国のために正しいことをした人」として教科書に載っても誰も驚かない。

イスラム教徒に妥協したから、本来はインドであったはずのパキスタンとバングラデシュの領土がイスラム教徒の領土になってしまったという恨みがインドで渦巻き、危険なイスラム教徒排斥の動きにつながっている。

そして、インド国内のイスラム教徒が次々と襲われて殺されている。政府はそれを黙認してイスラム教徒を守らない。インド国内のイスラム教徒がいかに不安定な立場に置かれているのか、これで分かるはずだ。

イスラム教徒に転向したダリットを殺し回っている

インド国内のイスラム教徒が嫌われるのは、実は他にもいくつも理由が重なっている。

ひとつは、インド国内でイスラム教に改宗するのが、主に「ダリット(不可触民)」と呼ばれるカースト最底辺の人たちが多いことである。

ヒンドゥー教は、長い歴史の中で身分制度をガチガチに構築していたのだが、この身分制度のことを「カースト」と呼ぶ。

このカーストには序列がある。支配層が巧みだったのは「アウト・オブ・カースト(カーストにも入れない最底辺)」を身分制度として作り出したことだ。

徹底的に人間としての権利を剥奪したサブ・ヒューマン(人間ではない存在)を制度として作り上げるのは上層部にとって大きな意味があった。

上層部に何か不満が鬱積するようになると、意図的にダリットを襲うように仕向け、彼らを集団レイプしようが、生きたまま焼き殺そうが罪に問わなかった。

それによって民衆の怒りのガス抜きを行い、上層部に攻撃がこないようにしたのである。

「不可触民=サブ・ヒューマン=非人(人間ではない)」と言われて人権を徹底的に奪われていたダリットの人々は長らくそれに耐えていたのだが、もしそうした社会の圧力から逃れたいと思ったとき、どんな手段があったのだろう。

それが「改宗する」ということだった。何に改宗するのか。仏教やイスラム教である。中でも、最も好まれているのがイスラム教だ。

イスラムに改宗することによって、世界中の多くのイスラム教徒とウンマ(イスラム共同体)でつながることができるようになり、自分たちの苦境を世界に散らばったイスラム教徒たちに知ってもらえるようになる。

外からヒンドゥー教徒を攻撃してもらえるようになる。そして、自分たちを引き上げてもらえるようになる。

だから「アウト・オブ・カースト」と嘲笑されていた人たちがこぞってイスラム教徒になっていき、インド国内でイスラム教が大きな広がりを見せるようになった。

ヒンドゥー至上主義はそれが不満なのだ。だから、国内のイスラム教徒を憎悪して殺し回っている。

「ガネーシャは本当の話だ」と主張するヒンドゥー原理主義者たちは、アウト・オブ・カーストの人間がイスラムに改宗する動きも認めないし、ダリットは何になろうがダリットだと思いこんでいる。

インドは国内にイスラムという異分子を抱え、これからも憎悪と衝突が何度も何度も繰り返される。相互理解はない。現実を見ると、残念ながら愛よりも憎悪の方が強い。憎悪が歴史を作っている。

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