◆甘さひとつを取ってもそれぞれの国や時代で感覚が違う理由

◆甘さひとつを取ってもそれぞれの国や時代で感覚が違う理由

1941年に太平洋戦争が勃発し、海運統制が敷かれると共に連合軍による航路封鎖もあって日本に入って来なくなってしまった果物があった。バナナである。

1945年の終戦時には、日本ではバナナが1籠も入って来なくなっており、1949年になるまでバナナ輸入は再開されなかった。そのため、戦後からの5年間、バナナは「超高級果物」と化して、普通の日本人が食べられるものではなくなった。

400グラムのバナナが現在の日本の物価で言うと2万円近くするような価格だったのだ。

それでも日本人はバナナを食べたがった。とても甘かったからだ。この当時の日本人は飢えていた。そして、甘さに対する渇望には凄まじいものがあった。

ところで、今は和菓子を積極的に食べたいという人はかなり減っている。和菓子と言えば、色とりどりの美しい「落雁(らくがん)」を思い出す人が多い。

落雁は砂糖の塊であり、現代人にとっては凄まじく甘さを感じるものである。だからこそ、「甘さを控えめにしたい」と考えている現代人は、ほとんど落雁を食べなくなってしまった。

他の和菓子も極度に甘く作られたものが多く、かつての日本人がいかに甘いものに飢えていたのかが窺える。甘いものは「正義」だったのだ。(鈴木傾城)

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