
エルサルバドルは、長年にわたってMS-13やバリオ18といった凶悪ギャングの縄張り争いが絶えず、かつては10万人あたり100件を超える世界有数の殺人発生率を記録していた。驚いたことに、その無法地帯をナジブ・ブケレ大統領は人権無視の逮捕・投獄で、いまや「西半球でもっとも安全な国」にした。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
ギャング犯罪対策の中核として作られた超巨大刑務所
超巨大刑務所「CECOT」。それは、エルサルバドル政府がギャング犯罪対策の中核として新設した、かつてない規模の大型刑務所である。
首都サンサルバドルの東方約70キロメートルに、丘陵地帯の広大なエリアを整地して作られたこの刑務所は、東京ドーム約5個分の広さがある。
施設はコンクリート打ちっぱなしの無機質な収容棟が8棟連なる設計で、それぞれの棟に32の独房ブロックを備え、最大で4万人の受刑者を収容可能とされる。これは中南米でも類を見ない規模であり、国内に点在する従来の刑務所の総収容能力をはるかに上回っていた。
なぜ、こんな巨大刑務所が必要だったのか。
エルサルバドルは、長年にわたってMS-13やバリオ18といった凶悪ギャングの縄張り争いが絶えず、かつては10万人あたり100件を超える世界有数の殺人発生率を記録していたからだ。
市民の生活は日常的に恐怖に支配され、路上での強盗や拉致、反復的な見せしめ殺人が頻発していた。
この事態に危機感を抱いたナジブ・ブケレ大統領は、2019年の就任早々に「ギャング撲滅戦争」を宣言。特に2022年3月には殺人件数が急増したことを契機に非常事態令を発動し、警察と軍を動員した一斉摘発を断行した。
この非常事態下で数万人のギャング容疑者が逮捕・収監され、従来の刑務所は定員の数倍の収容者で飽和状態となった。そのため、ブケレ大統領は2023年初頭に総工費約1億1500万ドルを投じて「CECOT」を完成させた。
建設には国内外の企業が参加し、高い防犯性能をもつ監視カメラや鉄格子、厳重なフェンスが設置された。独房内部は一部報道によれば1室あたり100人以上が収容される計画で、空調設備や衛生施設の整備には限りがあるものの、外部への脱走・連絡を防ぐ設計が徹底されている。
開設当初、既存施設から数千人の受刑者が順次移送され、政府広報では「米州最大の刑務所」という誇らしげな宣言がなされた。現在も新たに逮捕された容疑者が次々と送り込まれている。
政府はCECOTを容赦なきギャング壊滅の象徴として位置づけている。

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「エルサルバドル史上もっとも安全な時代」
超巨大刑務所「CECOT」の建設を支えたのは、ブケレ大統領の強硬な治安政策と、それを後押しする政治的基盤である。2019年に就任したナジブ・ブケレ大統領は「マノ・ドゥラ(強い手)」をスローガンに掲げ、ギャング壊滅を最優先課題としつつ、従来の司法手続きを大胆に緩和した。
2022年3月には殺人件数が急増したことを受け、非常事態令を発動した。
議会で与党「ヌエバス・イデアス」が84議席中56議席を占める強固な多数を背景に、この非常事態令は当初30日間の期限で承認されるや否や、以降20回以上にわたって延長されてきた。
結果として2025年5月時点までに、逮捕状なしの一斉拘束や通信傍受を正当化する枠組みが継続し、累計で約8万5000人以上の容疑者が拘束・収監されるに至った。
こうした強権的措置により、ブケレ政権は殺人発生率を就任前の10万人あたり50件超から、2023年には約12件まで劇的に低下させ、「エルサルバドル史上もっとも安全な時代」を生み出した。
だが、法の支配や無罪推定の原則が著しく軽視されているとの批判も多い。拘束者のうち、証拠不十分として後に釈放された者は1万5000人あまりに上り、国際人権団体は「恣意的・集中的拘束による人権侵害」と断じている。
ナジブ・ブケレ大統領の権威主義も懸念されている。
2021年5月には最高裁判事の大規模な入れ替えが実施され、政府に批判的だった判事10名が一夜にして解任された。その後、憲法にある大統領再選禁止の条項解釈を内閣法務部が一任し、ブケレ大統領の再選を可能とする法的措置が整えられた。
専門家は「三権分立が形骸化し、政権批判を牽制するための司法介入が常態化した」と批判している。しかし、エルサルバドル国民の多くは治安改善を評価しており、いまやブケレ政権の支持率は80〜90%台である。圧倒的だ。

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「CECOT」から一生出して欲しくないという声
「このまま非常事態体制が長期化すれば、法的手続きの後退が恒常化し、司法制度の信頼が失われかねない」と野党や人権団体は抗議デモをおこなっている。国際も非常事態解除と適正手続きの回復を繰り返し勧告している。
だが、そんなものを国民は支持していない。
人々は長年にわたる恐怖体験から脱却し、路上で安心して生活できる日常を手に入れたのだ。それは何にも変えられないものだった。とにかく、ギャングは超巨大刑務所「CECOT」から一生出して欲しくないというのが国民の願いだった。
ブケレ大統領はそれに応えようとしている。
CECOT内部では、約600名の兵士と250名の警察官が常時警備にあたり、24時間体制で施設を取り囲んでいる。受刑者は入所時に頭髪を剃られ、全身の入れ墨が露出した状態で収容棟に移送される。
独房は一室あたり約100名を詰め込むが、設置された金属製ベッドは80床のみで、残りの受刑者は床に座るか立つしかない。独房内には2基のトイレと洗面台があるだけで、プライバシーは皆無だ。
受刑者は1日に23時間半を独房内で過ごし、運動や日光浴の機会はいっさい与えられない。照明は常時点灯し、受刑者は昼か夜かもわからない。家族や弁護士との面会、手紙、電話も全面的に禁止され、法的支援の機会さえ制限される。
図書館や職業訓練、教育プログラムみたいなものは存在しない。社会復帰を前提としていないからだ。司法・公安大臣は「一度入所した者が歩いて出てくることはない」と明言し、当局者も「特別扱いは一切しない」と強調している。

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これで「西半球でもっとも安全な国」となった
CECOTは、エルサルバドル政府が掲げる対ギャング政策の最前線を象徴する場所だ。
ブケレ大統領の就任初年度である2019年は、エルサルバドルでは2398件の殺人事件があったのだが、3年後は496件と大幅減少していた。さらに2024年には154件となって、2019年から比べると93.57%も殺人が減った。
街頭での日常的な恐喝や「みかじめ料」の徴収件数も、警察当局の統計によれば同時期に約85%の減少を示し、商店主や路上の小規模事業者が直面していた恐怖と経済的圧迫は激減した。
エルサルバドルは「西半球でもっとも安全な国」となったのだ。
こうした治安回復の数字を背景に、ブケレ政権はCECOTの存在を「安全保障の切り札」として国内外にアピールしている。
隣国グアテマラやホンジュラスの治安当局者は、エルサルバドルから視察団を受け入れ、同国流の一斉摘発と大型収容施設の組み合わせを自国のギャング対策モデルとして検討している。
さらに、米国連邦議会の一部議員からは「治安回復に成功した先進事例」として称賛の声が上がり、2024年には米国保守系のシンクタンクが「CECOTは犯罪者にとって終着点であり、再犯抑止効果が期待できる」と絶賛している。
もちろん、国際人権団体や専門家からは厳しい批判が相次いでいる。
ヒューマンライトウォッチ(HRW)は2023年のレポートで、非常事態令下における「令状なし拘束」が常態化し、推定で少なくとも6000件の違法措置がおこなわれた可能性を憂慮している。
しかし、ブケレ政権は「治安改善なくして人権回復なし」の立場を崩しておらず、今後も非常事態体制を維持する構えを示している。ブケレ政権は正しいことをしているのだろうか? 私はブケレ政権は正しいと思っている。
悪人どもの人権よりも、国民の日常生活のほうが重要だろう。

怖い顔してるからとギャングに違いないと警察に間違えて
刑務所に入れられた人たちは最悪でしょう。
この刑務所見たことがあります。
入るとギャングたちが一斉にこっちをじろ〜っと見るようで何だか怖いなって思いました。
どうもトランプ大統領がアメリカの重犯罪者をここに入れると何とか…あれ本当なのかな。