◆「もう死ぬしかない」という絶望は、底知れぬ楽観主義と喜びをもたらす?

◆「もう死ぬしかない」という絶望は、底知れぬ楽観主義と喜びをもたらす?

貧困の奥底にあるものとは何か。それは、もがいてももがいても這い上がることのできない絶望と、あきらめと、もう何をしても無駄だという苦しみだ。そんな状況に追い込まれたら、もはや笑みすらも忘れてしまうかもしれない。

しかし、追い詰められた人たちの中には、何か突き抜けたような明るさを持っている人がいる。自暴自棄に陥った人の中には、奇妙なまでに明るくなることがあるのだ。

これで思い出すのがフィリピンの女性たちだ。フィリピンの貧困は私たちも知る通りだ。

2020年のコロナ禍ではフィリピンでも首都封鎖(ロックダウン)を強いられて大きなダメージを受けており、せっかく徐々に貧困から脱却しつつあった動きはこれでまた押し戻されるような状況になってしまった。

フィリピンの貧困層の貧困は私たちの想像をはるかに超える。極貧層が生み出した食べ物を見てもそれが分かる。(ブラックアジア:フィリピンの極貧層だけが食べる新料理「パグパグ」の正体を知りたいか?

ストリート・チルドレンも多い。ゴミを漁って生活している子供たちや家族も普通にいる。ところが、フィリピン人は明るくて自殺しない民族である。自殺の統計を見ても、フィリピンは国民が自殺しない国の上位にいる。

しかし面白いのは、フィリピンよりも人々が自殺しない国は、ハイチやナミビアやベネズエラやチュニジアやバハマやリビアやエジプトやイラクやジャマイカ等々、フィリピンよりも貧しい国が並んでいて、しかも先進国はひとつもない。

私たちは「金がないから不幸になって自殺する」と考える。だから、先進国の国民が自殺が少なくて途上国の国民に自殺が多いという感覚があるのだが、決してそうではないのだ。むしろ、先進国の人たちの方が自殺している。

日本はそれこそ今でも経済大国なのだから、フィリピンのような貧困国よりも自殺が少なくて当然のように思うのだが、そうではない。フィリピンの人たちの方が明るく楽しく人生を過ごしている。

しかし、その明るさは、手放しで賛美できる明るさではないのかもいれない。逆にとても危険なものかもしれない。

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