私の売春地帯の記憶は常に貧困とセットになっていた。だから、私は清潔できらびやかな世界のセレブ的な女性にはまったく関心がなく、今でも貧困の光景や貧困の世界に生きる女性の方に強い関心を持っている。
昭和時代に生きていた人がまだ貧しかった頃の昭和を懐かしむように、大都会に出て10年も20年も脇目も振らずに働いていた人が急に故郷の山や川や海が懐かしくなってしまうように、私はかつての貧しかった東南アジアの売春地帯を懐かしく思う。
強い郷愁。深い望郷。もう自分の心の中にしかない光景。振り返ると懐かしく思い浮かぶ彼女たち。取り戻したいけれど、取り戻せない。戻りたいけれども、もう残っていない。
大切な過去の小さな想い出が「忘れないで」と心の奥から私を呼ぶ。「もちろん忘れないよ」と私は答える。懐かしい女性たちの顔がひとりひとり浮かぶ。笑っている顔。泣いている顔。穏やかな顔。険しい顔。みんな大切な想い出だ。
私が愛していたのは、何も持たなかった女性たち。かつての、薄暗くて陰鬱な売春宿の中で、ひっそりと男たちを待っていたあの女たち。出会った場所は、決して清潔でもなく、きらびやかでもなく、欲情を煽り立てるものでもなく、設備が整っているわけでもなかった。
女性も特別美しいわけでもなく、何かこちらの気分を慮ってくれるわけでもない。とても荒んでいた。今でも、そんな光景を覚えている。ためらっていると、彼女は私の腕を強くつかんで引き寄せ、酒とタバコのにおいがする堕ちた女の息に私はくらくらしたものだった。