
実際には「怖いもの知らず」は無謀なリスクを取るがゆえに早死にし、何事にも慎重で臆病なまでに無謀なリスクを避ける人間が最後まで生き残る。最後まで生き残る人は長期生存型プレイヤーと言える。彼らは無用な戦いはしないので臆病だと言われるが、最後まで生き残れるのが彼らだ。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
評価されない長期生存型プレイヤーとは?
短期の勝ち負けではなく「生き残る」ことに軸を置くタイプを「長期生存型プレイヤー」と呼びたい。彼らは自分の生きている戦場以外では戦わず、身の程をわきまえ、自分が生き残る側を瞬時に選び取る。
たとえば、街中で罵倒されても争わないし、絡まれても逃げる。たとえ、相手に勝てると思っても戦わない。
なぜなら、目的もなくケンカして自分が傷ついたら手術・治療・後遺症・病院の出費と時間が取られるし、相手をケガさせて警察沙汰・裁判沙汰になったら裁判の費用、時間、示談金を取られるからだ。
要するに、よけいなケンカを買うと面倒くさいことになる。
相手に侮辱されたり殴られたりしても逆らわずに場を逃げたら弱虫扱いされるかもしれない。だが、それが自分の仕事の範囲ではないのであれば、そこで戦わず、いったん避けて警察に被害届を出したらいい。そちらのほうが相手にとって大きなダメージとなる。
リスクを取り、戦うのは自分の仕事やライフワークの中だけでいい。その他のものは避けて無用な時間を取られないようにする。無用な戦いを避けるだけでも長期的には生存確率も上がる。まさに長期生存型プレイヤーである。
ただ、そうやってケンカを吹っかけてくる相手から逃げていると、「臆病な人間」「意気地なし」と思われるし、知り合いや家族にも「弱虫」「臆病」と思われて体面が悪いというのもある。長期生存型プレイヤーは評価されない。
本当は、吹っかけられた無用なケンカは、受けて立つよりも逃げるほうがずっと合理的なのだが、それは評価されることはない。特に男はそうだ。「ケンカもできない弱い奴」とか馬鹿にされる。
男にとってはそれだけで死にたくなるくらい自尊心が傷つく。だが、そんなことで自尊心が傷ついてうじうじと忘れられないのであれば、そちらのほうが精神的に弱いような気もする。このあたりは、世間と私の興味深い意見の乖離であるとは思う。
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すべてのプロフェッショナルは臆病である
そもそも論になるが、無用なケンカを避けるというのは、受けて立つよりも100倍も合理的だ。それでも、無用なケンカは起こる。とにかく人にはプライドがあって、誰も臆病な人間であるというレッテルを貼られたくないからだ。
だが、生物学的に「臆病であること」は生き残るための必須条件である。
イメージ的には「怖いもの知らず」の人間が数々の難題や強敵を気合いと根性で打ち倒して世に君臨するように見えるのだが、それは映画やドラマなどのフィクションが作り出した妄想に過ぎない。
実際には「怖いもの知らず」は無謀なリスクを取るがゆえに早死にし、何事にも慎重で臆病なまでに無謀なリスクを避ける人間が最後まで生き残る。
仮に長期生存型プレイヤーがリスクを取るのであれば、最後の最後まで臆病なまでに準備し、勝率を高める方法を取る。
すべてのプロフェッショナルは、この「臆病さ」を持ち合わせていることで共通している。なぜなら、そうでないと細部に神経がゆき届かず、見逃しが発生し、場合によっては自分自身が危機に陥ることもあるからだ。
この姿勢が重要なのは、世の中はいつも順風満帆ではないからだ。あるときには順調に見えても、次の局面では一瞬にして逆風となる。
社会環境も一瞬にして変わるし、経済環境も一瞬にして変わる。自分の人生でも突然の失業だとか、投資での損失だとか、予期せぬ莫大な出費だとか、大きなケガだとか、不意打ちの病気だとか、家族の不幸だとか、いろんなものが襲いかかってくる。
だから、最初から臆病さを持って準備していた人間が生き残ることになる。怖いもの知らずは突発的に行き詰まって死にやすい。臆病と思われていた人間は曲がりなりにも準備があるので最後まで生き残る。
振り返れば、臆病な人間のほうが最後まで生き残っていくのだ。つまり長期生存型プレイヤーが生存競争では最後に勝つわけだ。
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臆病でなければ自滅するのが世の中の常
一瞬の気の緩みが死に直面する職業というのは珍しいものではない。たとえば、左官にしても現場は高い場所であったりすることもあるわけで、安全確認を怠ると転落して大事故につながりかねない。臆病でなければならない。
軍人も自らの体調管理、所持品の確認、自制心、規律、警戒心を怠ると、一瞬で殺されてしまう職業でもある。臆病でなければならない。
すべての「乗り物」のドライバーもまた同じだ。スピードに対して根拠のない自信を持ち、安全確認を怠り、マシンのメンテナンスも自分自身の体調管理もしないでいると、破滅的な大事故を引き起こすことになる。
スピードは、一瞬の気の緩みで死に直結するのは、毎年交通事故で数千人が死んでいるのを見てもわかる。臆病でなければ自分が大怪我をしたり死んだりするだけでなく、まったく関係ない人を巻き込みその人の人生を破壊してしまう。臆病でなければならない。
危険な職業と言えば、ボクシングや格闘技やプロレスのような「職業」もまた同じだ。いや、ほとんどのアスリートは自分の身体を極限まで酷使するわけで、危険度は同じである。ケガをしないためには臆病でなければならない。
極限の中で生き残るためには、あらゆる面に関して臆病なまでに準備し、防御し、注意しておく必要がある。根拠のない自信や無謀さや冒険心や無鉄砲さは自らの肉体の破壊につながり、それが人生を終わらせる。
死につながらないとしても、臆病さがなかったために自滅するというのはあらゆる職業に言えることだ。
経営者の破滅、事業の破綻というのは、往々にして巨額の借入が原因で発生する。この無謀な借入というのは、根拠なき楽観主義や冒険主義から生まれる。理想や未来の成功の姿に酔って現実が見えなくなる。
巨額の借入はビジネスを加速させるものであり、絶対的な悪ではないのはたしかだ。だが、場合によってはビジネスを一瞬にして破壊してしまうものでもある。借入の取り扱いは慎重の上に慎重を期する必要がある。
臆病さを忘れて猪突猛進すると、事業が失敗した瞬間に会社も従業員の人生も一緒に吹き飛んでいく。
野良犬の女たち: ジャパン・ディープナイト (セルスプリング出版)
路上で男を待つ女、日本全国を流れて性産業で生きる女、沖縄に出稼ぎに行く女、外国から来た女、場末の風俗の女……。流れ者の女たちは、どんな女たちだったのか?
それは無駄死にしないための重要な要素
臆病さがなかったために自滅するのが世の中の常であることを考えると、「臆病である」という特質は、実は弱みどころか逆に大いなる利点であるとわかるはずだ。
「自信を現場に持ち込むな。臆病であれ」という言葉もある。その姿勢は生き残るために正しい姿勢だとも言える。長期生存型プレイヤーは、臆病であることで生き残るのだ。
では、長期生存型プレイヤーは、果敢にリスクを取り、戦うことを選ぶことがないのかと言えば、まったくそうではない。長期生存型プレイヤーも、戦う必要があるときは大胆に戦う。
ただ、戦いはあくまでも仕事やライフワークの範疇にあり、目標は厳しく精査され、さらにその挑戦には人生の意味があり、自分を利するものであり、入念に計画された中でおこなわれる。要するに、価値がある戦いはする。
ヤクザやゴロツキなら、相手からケンカを吹っかけられたらそれを買わないと商売にならないが、そんなものを普通の人が買っても何も得しない。得するどころか、勝っても負けても損しかない。
長期生存型プレイヤーの「ケンカ」は、本業の中で細心の注意と慎重さでおこなわれる。つまり、臆病なまでに細部に目を配って挑戦する。それは悪いことなのだろうか。いや、悪いどころか大切なことでもある。
それは前もって準備され、細心の注意を持っておこなわれるので、逆に限界能力や限界値がよく見えている。
普通の車が一般道で150キロも出したら確実に事故を起こす。しかし、整備されたマシンとコースでF1レーサーがスピードを出すと、300キロを超えることも可能だ。300キロは尋常ではないスピードだが、「臆病」なまでに準備と整備がなされるとそれは可能になる。つまり、それは無謀ではない。
そう考えると、長期生存型プレイヤーであることはまったく悪いことではなく、むしろ無駄死にしないための「もっとも重要な要素」のひとつであると言える。
長期生存型プレイヤーの評価は不当なまでに低く、イメージも良くない。だが長期生存型のメリットはもっと強調されて然るべきだと思う。さらに、臆病であることは生き残るための重要な要素であることも強調されていい。
臆病さは弱みのように語られるが、ある局面では大きな利点となる。私なら長期生存型プレイヤーとしての「計算された臆病さ」は大いに評価したい。計算高く無傷で生き残れる確率が高い。
では、計算されていない臆病さは嘲笑すべきなのか。いや、計算されていなくても、臆病さを持つ人は結局は長く生き残って生存競争に勝つだろう。逆から見ると、「怖いもの知らず」は、ただの無謀な馬鹿であるという言い方もできる。







コメント
良い記事です
皆に読んでもらいたい
年のせいか最近家でも外でも転びます
だから何処でもおばあさんのように手すりにつかまります
階段も怖いです
手すりの無いホテルのバスタブから出る時も
臆病のまま生き延びます
「おれが、うさぎのように臆病だからだ...だが...臆病のせいでこうして生きている...虎のような男は、その勇猛さのおかげで、早死することになりかねない...強すぎるのは、弱すぎるのと同様に自分の命をちぢめるものだ...」
「この世界は、病的な用心深さと、それ以上の臆病さを持ちあわせている奴だけが、生き残れる資格を持っているのだ」
by ゴルゴ13
様々、考えさせられます。投資についても、仕事についても、旅行についても、そして、人生や生き様についても。
今回の記事は、まるで私のために書いてくださったような内容でした(笑)
傾城さんをありがとうございます。
この事を忘れないよう肝に銘じておきます。
良い教訓となりました。ありがとうございます。映画(フィクション)ですが、ゴッドファーザー1でドン・コルリオーネの長男ソニーはけんかっ早く、豪放磊落、なゆえに敵の銃弾であっけなく死んじゃいましたね。それを思い出しました。私もビジネスにおいて一か八かはしません。やるのは「勝てるビジネス」のみ。それをより深く気にしたいと思いました。