パキスタンでは上位10%の富裕層が国の富の約45%を占めているという推計もあり、貧富の差が極めて大きい。かつてからの地主がどんどん富を蓄積していく一方で、貧困層は貧しいまま取り残されている。このパキスタンの経済格差は改善することができない理由がある。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
結局は貧困から脱することができない
2022年夏。パキスタンは洪水によって国土3分の1が水没し、1,700人以上が死亡、3,300万人が被災した。これは「パキスタン史上最悪」の災害として記録されている。その結果、どうなったのかというと、パキスタンでは貧困がますます深刻化した。
パキスタンは、2億2,000万人超の人口を抱える南アジアの大国だが、この国が直面する貧困問題は、国家の発展を著しく阻害する要因となっている。
パキスタンが貧しいのは、今にはじまったことではない。1947年の独立以降、この国は度重なる政治的混乱と軍事クーデターに見舞われ、安定した経済発展の基盤を築くことができなかった。
加えて、カシミール地方を巡るインドとの緊張関係は、国家予算の多くを軍事費に充てることを余儀なくさせ、社会開発への投資を著しく制限してきた。貧しいのに軍事にばかりカネがいくのは、途上国特有の問題でもある。
パキスタン社会は今も封建的な社会構造が根強く残っている。そのため農村部では、大地主による土地の独占が小作農の貧困を永続化させる要因となっている。
2022年には大洪水でまったく食えなくなってしまった小作農が都市に流れていったのだが、そうすると、都市部の急速な人口流入によって、不安定な雇用と低賃金労働がますます増えたのだった。
教育の機会の不平等も、貧困の連鎖を断ち切ることを困難にしている。女子教育の遅れは顕著であり、地方では5歳から16歳の女子の59%が学校に通えていない。教育を受けられない子どもたちは、将来的に安定した職を得ることが難しく、結局は貧困から脱することができない。
パキスタンはそういう社会構造の中にある。
パキスタンの貧困層が這い上がれない理由
パキスタンの貧困問題は、単に一国の問題にとどまらない。貧困がもたらす社会的不安定は、過激思想の温床となり得るため、テロリズムの脅威とも無関係ではない。
パキスタン・タリバン運動(TTP)、ラシュカレ・タイバ、ジャイシュ・エ・ムハンマドなどの組織は、アフガニスタンにもインドにも脅威となっている。貧困の若者がこうした過激思想に惹かれ、心酔し、テロをしかけていく。
すべては、貧困に起因する問題なのだ。
世界銀行の最新のデータによると、パキスタンのひとり当たりGDPは、2024年の推定値で約1,400ドルほどであり、これは世界の中でも低い水準に位置する。国民の平均的な生活水準はかなり厳しいことになっているのだ。
貧困率は、パキスタン政府の公式統計では国民の24.3%が貧困ライン以下の生活を強いられているとされている。人数にすると約5,346万人である。しかし、この数字はあまりにも現実と乖離しており、実際にはもっと貧困層が多いというのは世界銀行も指摘するところだ。
もっと深刻なのは経済格差である。パキスタンでは上位10%の富裕層が国の富の約45%を占めているという推計もあり、貧富の差が極めて大きい。かつてからの地主がどんどん富を蓄積していく一方で、貧困層は貧しいまま取り残されているのだ。
貧困層が這い上がれないのは、教育が徹底されていないからだ。パキスタンの識字率は59.13%であり、これは南アジア地域の中でも最低水準である。特に女性の識字率は46.5%と、男性の71.12%を大きく下回っている。
また、初等教育の純就学率は72.5%程度であり、約4分の1の子どもたちが基礎教育さえ受けられていない状況なのだ。文字が読めなければ、良い仕事には就けない。契約書も読めず、名前も書けず、計算もできないので、いわれたことをやるしかないし、騙されてもわからない。
特に女性は、教育から遮断されているので、男性のいいなりになるしかない。
パキスタンの金持ちは想像を絶する金持ち
ところで、パキスタンの金持ちは想像を絶する金持ちである。大都市のカラチやラホール、イスラマバードに住む富裕層たちは、フェラーリ、ランボルギーニ、ロールスロイスなどの高級車を多数所有している。専用のガレージもある。
結婚式もド派手で、そのためにインドやアラブ首長国連邦から著名なデザイナーを招いたり、数日間にわたって開催されるセレモニーのために高級ホテル全体を借り切り、何百万ドルもの費用をかける。日本人にわかりやすくいえば、結婚式だけで数億円をかけるという話だ。
広大な土地を所有し、巨大な邸宅を建て、農場や豪邸を管理するために数百人の従業員を雇い、プライベートプールで泳ぎ、プライベートジェット機で世界中を飛んで遊び回る。
こうした金持ちは、イギリスの植民地だったときに、大多数のパキスタン人を統治するために、一部の大地主を優遇したことに起因している。独立後も、大地主の権利は基本的に維持された。
彼らは政治的影響力も強く、土地改革の実施を阻んで、自分たちの有利な立場を保持し続けた。その結果、農村部の小作人は、自分自身も子供たちも延々と低賃金のままであり、彼らが豊かになるのは不可能な状況となった。
社会制度が硬直的であり、貧困層がいつまでも困窮したままであるのは、収奪する側にとっては非常に好都合なのだ。いつまでも彼らを搾取できるし、絶対的な権力で君臨できるし、その地位を脅かされることもないからだ。
国がボロボロであっても自分たちは豊かなので、途上国の中にいても先進国なみの豊かな生活ができるし、それこそプライベートジェットでいつでも先進国に遊びにいって楽しむこともできる。
自分たちに好都合なのであれば、社会を変えようなど思うわけがない。結局、それが貧困の放置と、政治的不安定と、国家衰退を生み出しているのだが、そんなことは富裕層にとっては知ったことではないのだろう。
パキスタンはまったく期待できそうにない
パキスタンは独立以来、軍事クーデターと民政移管を繰り返してきた。この政治的なカオスは長期的な経済政策の実施を困難にしている。パキスタン経済は農業と繊維産業に大きく依存しており、産業の多角化が進んでいない。
ということは、今後も悪化していく気候変動に、パキスタンは脆弱な国家であり続けるということでもある。2022年夏のパキスタン最悪の大洪水を上まわる災害が、これからも頻繁に起きてもおかしくない。
そうやって災害が続けば、貧しいパキスタンはもっと貧しくなるだろう。
政治も自国の貧困を解決する能力はない。行政も汚職がひどく、福祉もまったく機能していない。国際NGOが発表している腐敗認識指数では、パキスタンは180か国中124位(2020年)と非常に低い。
パキスタンの貧困問題は、現状でも深刻であるが、将来的にはさらに悪化する可能性が高いと私は考えている。なぜなら、パキスタンは新しい仕事が創出されないのに、人口だけはどんどん増えていく構造になっているからだ。
パキスタンの人口増加率は年間2.0%と高水準で、2050年までに人口が3億3,800万人に達すると予測されている。仕事がない国で急激に人口が増加すると、限られた雇用の奪い合いになるだけである。失業率も上がる一方となる。
特に、若年層の失業率の上昇は社会不安を引き起こす潜在的なリスクとなる。おそらくどこかの段階で彼らが暴発する。間違いなく暴動やクーデターなどで、この国は政治的動乱に陥るだろう。
現状の延長線上では問題の解決は困難である。パキスタン政府はこれを解決する能力は皆無だ。とすれば、パキスタンの貧困は解決不能のまま放置され、深刻化し、やがてはその貧困がパキスタンという国家そのものを機能不全にしてしまう。
インドの経済成長は期待できるが、パキスタンはまったく期待できそうにない。私自身もパキスタンという国には絶望的な目で見ている。24.3%が貧困ライン以下で生きているパキスタンの貧困層は、今後も貧困の中で苦しみ続けるだけだ。
コメントを書く