バングラデシュ混乱。腐敗したハシナ元首相を叩き出した学生運動家が暗殺される

バングラデシュでふたたび大きな暴動が起きている。言うまでもないが、バングラデシュの混乱は一過性ではない。そう言い切れる理由は明確だ。バングラデシュでは政治・社会・制度の各層にまたがる不安定要因が同時に存在して絡み合っているのだ。今後もバングラデシュは暴力に翻弄され続けるだろう。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

シャリフ・オスマン・ハディ銃撃

バングラデシュが激震に見舞われている。バングラデシュは腐敗したシェイク・ハシナを叩き出してインドに亡命させたが、その際の反体制運動の中心となったのがシャリフ・オスマン・ハディだった。今度はそのハディが撃たれて死んだ。

ハディは、バングラデシュにおける学生運動と反体制運動を象徴する人物であった。1990年代前半生まれの若手活動家で、大学在学中から政治活動に深くかかわり、既存政党とは距離を置いた立場を貫いていた。

彼が注目を集めた最大の理由は、2024年に発生した学生主導の大規模抗議運動を指導した点にある。演説や声明は過激な言辞よりも平易な言葉を用い、若年層の不満を言語化する能力に長けていた。

ハディは「インキラブ・マンチャ」と呼ばれる緩やかな政治ネットワークのスポークスパーソンとして活動していた。これは政党ではなく、学生、若手労働者、市民活動家が集まるプラットフォームに近い存在である。

彼自身は制度内政治への参加にも否定的ではなく、次期総選挙への無所属出馬が取り沙汰されていた。既存の与野党双方に批判的であり、とくに長期政権がもたらした統治の硬直化と、外国勢力への依存体質を強く非難していた。

その発言は、支持と同時に強い敵意も生んだ。反対勢力にとっては「秩序を乱す扇動者」であったのだ。

事件が起きたのは、ダッカ市内の礼拝施設を出た直後である。目撃証言によれば、バイクで接近した複数の人物のうち1人が至近距離から発砲した。使用された銃器は小型拳銃とみられる。ハディは頭部を撃たれていた。

重傷を負ったハディは国内の医療機関で応急処置を受けたのち、国外での高度治療を目的としてシンガポールへ搬送された。しかし銃創は深刻で、数日後に死亡が確認された。

これによって、バングラデシュはふたたび激しい暴動が発生している。

シャリフ・オスマン・ハディ。狙撃されて重傷を負ったハディは国内の医療機関で応急処置を受けたのち、国外での高度治療を目的としてシンガポールへ搬送された。しかし銃創は深刻で、数日後に死亡が確認された。

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暴動と破壊の対象は何だったのか?

この暴動は激しい破壊を伴っていたのだが、無差別に建物が破壊されたのではなく、標的が選別されていたのが興味深い。攻撃の対象となったのは、新聞社、放送局、文化施設、外国関連施設だった。

まず標的となったのは主要新聞社の本社ビルで、正面ガラスの破壊、編集部フロアへの侵入、機材の破砕が相次いだ。印刷設備も放火され、印刷機も印刷された新聞もすべて灰とかした。

次に文化施設や記念館が襲撃され、展示物の破壊や資料の持ち出しが起きた。道路上ではバリケードが設置され、公共バスや警察車両が投石と放火の対象となった。外国関連施設周辺では国旗の焼却や外壁への落書きが行われ、警備線突破を試みる集団も現れた。

これらは無秩序ではなく、象徴性の高い地点に集中しており、事前の情報共有と役割分担があったような動きだった。

そう考えると、これは自然発生的な群衆心理で起きたものではなく、意図的に破壊する意図がそこにあったようにも見える。あたかも事前に計画されていて、それに沿って行動が誘導されたような結果だ。

しかし、何らかの組織が破壊対象をリードしたというよりも、SNSで「怒りを向ける対象が共有され」、それが現実の暴動で方向性を見出した可能性もある。実際、SNS上では事件直後から特定メディアを名指しで非難する投稿が急増していた。

攻撃された新聞社は、過去のシェイク・ハシナ政権の腐敗も報道して批判していたのだが、新政権も同じように批判していたので、親インド・反新政権という捉え方をされて怒りの矛先が向いていたようだ。

バングラデシュでは、昔から抗議デモには暴力がつきものになっている。

2025年に入ってもその傾向は変わらず、政治デモのうち約30%が物的損壊を伴っているという統計がある。抗議と破壊はセットになっており、今回もまた激しい暴力と破壊がおこなわれていた。

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政治的混乱でカネをドブに捨てるような結果に

シャリフ・オスマン・ハディの殺害とそれに続く暴動は、バングラデシュ国内問題にとどまらず、周辺国との関係や国家運営そのものに具体的な悪影響を及ぼすことは決定的となっている。

もっとも深刻なのは対インドだ。

腐敗したシェイク・ハシナはインドに匿われている。そのためインドとバングラデシュの関係はひどく悪化している。もともとインドとバングラデシュは独立した時点から険悪な仲だったが、それがますます悪化している状況だ。

今のところ、インド政府は公式には冷静な姿勢を保っているが、国境管理や人的往来に関する実務レベルの調整が遅延している。結局、この暴動で経済的に脆弱なバングラデシュは、経済的にも大きな問題を引き起こすことになるだろう。

暫定政府は首都ダッカおよび主要都市に追加の警察・準軍事部隊を展開し、非常体制を維持している。内務省の発表では、治安対応にかかる臨時支出は通常月の約1.5倍に達している。これは財政に余裕のない国家にとって無視できない負担である。

抗議と破壊が集中した地域では商業活動が一時的に停止し、物流の遅延が発生している。バングラデシュ商工会議所の推計では、暴動が続いた最初の1週間だけで都市部の小売・サービス業に数億タカ規模の損失が出たとされる。

とくに外資系企業や輸出関連企業は、従業員の安全確保を理由に操業を縮小し、国際的な信用低下を招いている。

さらに深刻なのは、国内政治における信頼の損失である。

世間では新興国への投資を勧める投資家もいて、バングラデシュなどは「次に台頭する新興国」として持ち上げられているのだが、実情はこんな状況だ。こんなところに投資したところで、政治的混乱でカネをドブに捨てるような結果になる。

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また同じような混乱が再発する可能性は高い

言うまでもないが、バングラデシュの混乱は一過性ではない。そう言い切れる理由は明確だ。バングラデシュでは政治・社会・制度の各層にまたがる不安定要因が同時に存在して絡み合っているのだ。

ムハマド・ユヌス率いる暫定体制も依然として脆弱だ。政権交代後の権力移行は形式的には完了しているが、実際には統治の一貫性が確立されていない。政策決定の遅れや説明不足が続き、国民の信頼も回復していない。

経済を見ても、都市部の若年層失業率は公式統計でも20%前後に達している。非公式就労も多く、生活の不安定さは解消されていない。教育を受けても豊かになれない層も拡大している。

未来がなければ、そうした若者たちは反体制運動に身を投じていく。ハディの死が象徴となったのは、彼個人の影響力もあるが、この層が抱える「恒常的な不満」がSNSで可視化されたことも大きい。

警察や治安部隊も機能していない。

暴動への対応は失敗し、恣意的な拘束や情報統制もあって、秩序回復どころか逆に反発を招いて事態を悪化させていくばかりである。過去にも同様のことが繰り返されていて長期的な安定につながっていない。

要するにバングラデシュは政治も司法も機能していないのだ。

統治は不安定で、経済は停滞し、社会制度への不信は高まる一方だ。これらの問題が解消されない限り、別の事件が起きれば、また同じような混乱が再発する可能性はかなり高い。

そうやって混乱が長引けば長引くほど、バングラデシュはますます世界経済から取り残されて貧困から抜け出せずに苦しむことになる。

バングラデシュについては『ブラックアジア:売春地帯をさまよい歩いた日々インド・バングラ編』でも取り上げたのだが、個人的にはバングラデシュの女性たちはインドの女性よりも好きだ。

早くこの国が落ち着いてくれることを願っている。

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コメント

  1. 晶子 より:

    早朝から暗澹たる気分になりました
    友人のご主人がバングラデシュ人でした
    日本でホワイトカラーだったので優秀な人だったのでしょう

    >抗議と破壊はセットになっており

    そうでしょうね
    どのくらい混乱が続くのでしょう

  2. oyr7290 より:

    バングラデシュの今後に期待できるかというと、望み薄かなと
    一部覚醒した方々がいるにせよ、長年社会を腐らせてきた因習を内包したままでは、抜本的な改革は無理でしょう。

    日本の明治“似非”維新、あれは特定の外国に操られたテロ集団が起こしたクーデターであり、この時の制度設計の誤りが現代社会の停滞、閉塞に繋がっていると考えます。
    それでも迫り来る列強の脅威に対抗するために大衆の意識を覚まし国民に作り変えて国防意識を持たせることには成功したかと
    「内乱には至らなかった」ことになっていますが、多くの血が流されたことが時代は変わらざるを得ないことを大衆に意識づけたのだと思います。

    「改革」やら「維新」を掲げた政党がやることは、小手先の制度改正だけでそんなもので日本が変わるわけもなく
    既得権益者の老害がその場に居座るから若者が抑圧されて苦しいのだと喧伝されています。それはある面ではそのとおりですが、私を含む老害の首を刎ねたところで社会が変わるはずもない。流される血の量が足りないのです。

    明治に導入され、先の対戦後の占領政策で完成された感のあるミンシュシュギを、神聖にして侵すべからずなものとして崇め奉っている限り、日本社会は沈没を続けるでしょう。それが穏やかな終焉を迎えられるのかも危ういですが。

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