2000年代のカンボジア・プノンペンの売春地帯は児童売春が横行していたのだが、ここで言う「児童」とは16歳や17歳の未成年の娘たちのことではなく、10歳、11歳のあどけない少女である。
彼女たちを買い漁る男たちは多かった。アメリカ人もドイツ人もイギリス人も、みんな10歳、11歳の少女を買っていた。
誰も通報しなかったのか。しなかった。普通の人にこんなことを言っても信じてもらえないのだろうが、児童売春は1990年代から2000年代のカンボジアでは日常茶飯事だった。どこの売春宿でも、「スペシャル」として10歳を過ぎたばかりの少女を用意していた。
カネがない親が子供を売春宿に売って、売春宿が濡れ手に粟で儲けていた。
ところで、この売春宿のオーナーはこうした少女を手に入れるとすぐに売春宿で働かせるのではない。簡単な処女テストで処女証明書を医者からもらって、まずは処女を望む金持ちに一週間ほど少女を「貸し出し」して儲けていた。
これが、いわゆる「バージン・トレード」である。
カンボジアには金持ちの華僑が大量に入り込んでいたのだが、彼らが10歳あたりの少女の処女を破瓜していた。こうした少女がいたことはブラックアジアでも何度も取り上げている。この記事もそのひとつだ。(12歳で処女検査を受けさせられて、18万円で売られた少女)
処女は高く売れた。だからこそ、このバージン・トレードは、2010年代に入ってもまだアンダーグラウンドで生き残っていたくらいだ。
こうした少女たちは、大人になっても自分が体験したことを語ることはない。だから、こうした闇は、歴史が流れていくと消えてなくなってしまう。しかし、初体験が見知らぬ男であったという強烈な体験は、女性の一生を通して心に残り続ける。
初体験のインパクトはきっと、その後の人生に大きな影響を与えたはずだ。