自分を苦しめる人間関係から脱却するために最初に考えるべきこととは?

自分を苦しめる人間関係から脱却するために最初に考えるべきこととは?

人間関係に苦しむ人は多い。人間関係に苦しむ人が最もすべきことは、苦しい人間関係を何とか改善することだろうか。そうではないと私は信じている。それよりも、もっと効果的で合理的な方法がある。

それは、「自立できる経済力を持つこと」である。

なぜか。どの組織、どの人間関係にも依存しないだけの自立できる経済力があれば、自分に合わない人間を、簡単にかつ明快に断ち切ることができるからである。自立できているのに、自分にとって有害な人間と一緒にいる理由はどこにもない。

自立できる経済力があれば、自分にとって知的な刺激を受ける人、一緒にいて心地良い人、共に楽しめる人だけを残して、どうでもいい人間は切ることができる。人間関係を「改善」するのではなく、「取捨選択」することができる。

合理的だと思わないだろうか。

そう考えれば、自立できる経済力を持つというのは、なかなか深遠なテーマであることに気づくはずだ。経済的な豊かさは、実はしがらみを切るためのツールでもあるからだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

自分の価値を認めない人のために時間を使うな

すべての人間は分かり合えると思ったら大間違いだ。

人はそれぞれ信じるものが違い、主義主張が違い、文化が違い、習慣が違い、生き方が違い、目的も違う。ありとあらゆるものが違うのに、すべての人と分かり合えるはずだと思うのは、それこそどうかしていると言っても過言ではない。

「何をどうしても分かり合えない人がいる」

これが現実なのである。ただ、すべての人と分かりあえなくても問題ない。互いに節度ある関係を保つことができるのであれば、それで世の中は回るからだ。

しかし、節度ある関係すらも築けず、自分にとって害でしかない人間も世の中にいる。それも莫大な数で存在する。何をどうしても好きになれない人間や、うまく関係を築けない人間は避けられない。

本当のことを言えば、好きになれない人間と一緒にいるような選択はすべきではない。好きになれない人間と長期に渡って継続的に関わるのは合理的ではない。避けなければならない。

親兄弟や親族とうまくいかないという人は多い。その場合はどうすればいいのか。私なら近くにいない。疎遠になる。関わらない。避ける。物理的に接触を避けて、自分自身の人生や生き方を最優先する。

関係が切れないのであれば、関係を限りなく疎遠にしておけばいい。親兄弟であっても、自分にとって心地良い関係を保つことができないというのであれば、なぜ緊密な関係を持つ必要があるのか。

自分の価値を認めない人のために、貴重な時間を使うべきではない。

「自立できるだけの経済力」はここで生きてくる。自立するというのは「自分が好きでない人のために時間を使わない」ことなのである。

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意外にドライな合理的精神を持っている

幸せな人間関係で自分の環境を固めたいのであれば、一緒にいて心地良い人との関係を良くして、そうでない関係は清算する作業を繰り返すのが理に適っている。

自分を理解してくれない人や自分にとって有害な人と関係を改善することではない。「人類みな兄弟」ではない。不必要な関係は切らなければならないし、もし切れないのであれば疎遠にしていく必要がある。

農家は育てている農作物に栄養を与え、雑草を引き抜いて実りを得る。雑草も大切だと言って一緒に雑草を育てていては重要な農作物が枯れる。農作物を成長させるためには、雑草を引き抜いて取り去る作業は欠かせない。

人間関係も同じで、自分にとって実りにならないばかりか有害ですらもあるような人間関係は引き抜いて取り去る作業をして当然だ。

分かり合えない人との関係を何とかしようと思うのは、まさに雑草を育てているのと同じなのである。そんな労力があるのであれば、大切な人間関係の方に時間を使う方がよほど役に立つ。

しばしば壊れ、しばしば改善しなければならず、しばしば自分に害を為す人間関係をどうにかするのは困難な仕事だ。それよりも、最初から心地良く、お互いに尊重できて、自分を向上させる人間関係を増やした方が絶対にいい。

扱いにくい人間と関わるべきではない。取引もすべきではない。扱いにくい人間は遠ざけることによって自分の大切な時間を守ることができる。

人生の中で素晴らしい人間関係に囲まれている人は、意識的にも無意識にもそうしている。その人は大勢の人をふるい落とした結果、それを手に入れた。彼らは付き合う人を慎重に選んでいるのである。

素晴らしい人間関係に囲まれている人は、意外にドライな合理的精神を持っていると私は見ている。ドライに人間関係を取捨選択しているから、よけいな人間関係に煩わされないで幸せな人間関係だけでまわりを固められる。

幸せな人間関係でまわりを固められるというのは、「人間関係の取捨選択」がきちんとできている証拠なのだ。雑草を引き抜いて、大切な存在に水を差している。

そして、彼らはそれができる経済的な余裕も持っている。自立できているから、雑草が引き抜ける。経済的に自立できていなければ、雑草を引き抜く力がない。

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問題は、切らなければならない関係が放置されること

極度に悪化した親子の関係、暴力が絡むようなパートナーとの関係に苦しむ人もいる。血縁的、法的な結びつきがある場合、人間関係は簡単に切れない。しかし、切れないからと言って自分に害を為すのを放置しておくのは良いことではない。

切らなければならない関係は、意図的に切らなければならない。

いろんなしがらみで切れないのであれば、関係を疎遠にしていかなければいけない。相手が自分に害を為すことができないように「一定の距離」を置いて、関係を限りなくゼロに薄めていかなければならない。

多くの場合、自立できる経済力があればそれが実現できる。

経済的に自立できていれば、関係を切ることも、疎遠にすることも、それほど難しいことではなくなる。経済力を背景にして、新天地を求めて旅立つことが可能になる。

だから、注力すべきは壊れた関係で耐えることではなく、着実に自立できる経済力を身につけることとだ。

すべてはそこに行き着く。

人間関係は切ってもいいのだと分かっていれば楽になれる。それができる経済的な余力があれば、さらに楽になる。実際に「何をどうしても分かり合えない人」を切ったら、もっと楽になれる。

人間関係に苦しんでいる人は「切ること」をより重視してもいい。そして、経済的に自立できるのであれば、その決断は実現化できることに気づくべきだ。

社会の底辺で多くの荒んだ人たちを見てきたが、彼らの問題はひどい人間関係にがんじがらめにされていたということだけでなく、そこから抜け出すための経済的な余裕がなかったことにも私は気付いている。

自立するだけの経済力を手に入れるというのは、それを実現できている人にとっては別に大したことではないように思うのだが、そこに至っていない人にとっては、大変なことでもある。

しかし、大変だからと投げ出してはいけないものでもある。自立するだけの経済力は、破滅的な人間関係から脱却するための武器にもなる。武器は持っておくべきだ。(written by 鈴木傾城)

農家は育てている農作物に栄養を与え、雑草を引き抜いて実りを得る。雑草も大切だと言って一緒に雑草を育てていては重要な農作物が枯れる。農作物を成長させるためには、雑草を引き抜いて取り去る作業は欠かせない。人間関係も同じで、自分にとって実りにならないばかりか有害ですらもあるような人間関係は引き抜いて取り去る作業をして当然だ。

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