鈴木傾城は日本人で幸運だった。そうでなければ政権批判して死んでいた

鈴木傾城は日本人で幸運だった。そうでなければ政権批判して死んでいた

中国共産党に忠誠を誓わなかったチベット人やウイグル人は、民族のアイデンティティを奪われるほどの弾圧を受けている。

ウイグル人は100万人規模で「強制収容所」に収容され、中国共産党に忠誠を尽くすように洗脳される。言うことを聞かない人間は、強制的に臓器ドナーにされて、臓器を奪い取られる。

中国には国土に広がる拝金主義や、共産党政権に愛想を尽かした人々がキリスト教徒となって地下で広がっている。(中国の裏側で起きている政府当局と地下キリスト教徒の暗闘の行方

しかし、中国共産党はこれを認めない。そのため地下教会に通う人間を強制的に連行して、思想の転向を迫る。もし中国共産党よりもイエス・キリストを信じるというのであれば、やはり臓器を奪い取られる。

習近平の独裁政治に反対して、そのポスターに墨をぶっかけた女性がいた。彼女もまた公安当局に連行されて行方不明になっている。中国共産党と対立した法輪功学習者もまたずっと強制収容所で拷問・臓器ドナーの対象にされている。

中国が強制収容所で何をやっていたのか、勇気がある人はこの記事を読んで欲しい。(ブラックアジア:中国では女性の乳房を高電圧で壊死させるような拷問をする


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

あちこちの国で、政権批判者は暗殺されている

中国は毛沢東の時代からそうだった。政権批判は絶対に許さない。政権を批判するというのは、まさに「死に直結する行為」なのである。ただ単に死ぬのではない。強制収容所に隔離され、連日の凄まじい拷問を受けて死ぬのだ。

この中国と同じことをやっている国がある。北朝鮮だ。北朝鮮もまた極端なまでの金一族独裁国家である。まともな政治ができず、国家は機能していない。当然のことながら国民は貧困や飢餓に苦しむことになる。

では、北朝鮮を支配している金一族に対する政権批判をしたらどうなるのか。隣組の監視社会がある北朝鮮ではすぐに「反乱分子」として逮捕され、やはり強制収容所行きになるのだ。

そして、いったん強制収容所送りになったら、ほとんどの場合は生きて出られない。北朝鮮でも政権批判は「死に直結する行為」であると分かる。

ロシアはどうか。ロシアでも状況は同じだ。

現在のウラジーミル・プーチンはロシアの支配者であり、独裁者でもある。この独裁者もまた政権批判を許さない。政権に批判的なジャーナリストがいると次々と暗殺し、対抗する野党の指導者をも確実に抹殺していく。

ジャーナリストや指導者が身の危険を感じて国外に逃亡しても、暗殺者を送り込んで始末する。それほど、入念に批判者を葬っている。ロシアでも政権批判は「死に直結する行為」だったのだ。

最近、サウジアラビア人のジャーナリストが行方不明になる事件が起きている。

この記者の名前はジャマル・カショギと言う。ジャマル氏はトルコ・イスタンブールにいたのだが、サウジアラビア人の記者がなぜトルコにいたのか。それは、カショギ氏がサウジアラビアの政権、とりわけサウジアラビアの実力者ムハンマド皇太子に批判的な記事を書いていたからだ。

カショギ氏もまた身の危険を感じてトルコに逃亡していたのだが、そこでトルコ人の女性と結婚することになってサウジアラビアの領事館に結婚の手続きに入ったところ、行方不明となってしまった。

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本当に腹をくくった人間が、死ぬ覚悟で政権批判

サウジアラビアの政権を鋭く批判していたジャマル・カショギ氏はいったいどこに消えてしまったのか。

カショギ氏は領事館内でムハンマド皇太子が送り込んだ暗殺者15人に拷問され、殺され、遺体はバラバラにされてサウジアラビアに空輸されたとトルコ政府は主張している。

もちろん、サウジアラビア政府は否定した。「カショギ氏は何事もなく領事館を出て後はどうなったのかは知らない」と主張している。

「それならば、監視カメラを出せ」とトルコ政府が詰問すると、サウジアラビアは「たまたま監視カメラは作動していなかった」と答えた。トルコ政府はカショギ氏が領事館で暗殺されたという証拠を持っていると言われているのだが、真相はこれから明らかになる。

しかし、全体を俯瞰してみるとサウジアラビア政府は政権に批判的だったジャーナリストのカショギ氏を殺害したのはほぼ間違いない事実だ。つまり、サウジアラビアでも政権批判は「死に直結する行為」だったのだ。

サウジアラビアを批判するトルコだが、このトルコの支配者はレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領だ。エルドアン大統領もまた批判者を次々と投獄し、抹殺し、政権批判をする国民を殺している大統領でもある。

トルコでも、政権批判は「死に直結する行為」だったのだ。

アフリカでもそれぞれの国で汚職が蔓延し、権力を手中に収めた独裁者が腐敗の限りを尽くしているのだが、それを批判すると政府が殺しにやってくる。政権批判は「死に直結する行為」なのである。

だから誰も何も言わない。死にたくないからだ。そして汚職はいつまで経っても消えることはない。本当に腹をくくった人間が、死ぬ覚悟で政権批判をする。

サウジアラビアの政権を鋭く批判していたジャマル・カショギ氏。独裁者が君臨するおぞましい国家、民主主義が機能していない劣悪国家、腐った社会主義国家での政権批判は「死に直結する行為」である。

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日本人で幸運だった。そうでなければ死んでいた

欧米や日本は成熟した民主主義を持っている。だから、政権をどれだけ批判しても玄関に誰かが来て連行するような目に遭わない。

たとえば、日本人が自民党を激しく罵っても、首相に罵詈雑言を投げつけても何もない。日本人は言いたいことを、いつでも言えるし、何でも言える。言論の自由が保障されている。

日米欧の国民はそれを空気のように当たり前に思っているのだが、実のところ、政権を批判して無事にいられるというのは先進国の数えるほどの国でしかないのが実情だ。多くの国では政権を批判するというのは「死に直結する行為」なのである。

「タイでは何でも言える」と思うのであれば、現政権や現国王の批判をしてみればいい。すぐに投獄されることになる。「カンボジアでは何でも言える」と思うのであれば、フン・セン首相を批判してみればいい。すぐに投獄されることになる。

強硬で容赦ない批判であればあるほど、「死に直結する行為」と化す。

政府は自分たちに都合の悪い言動をする人間をことさら嫌う。なぜなら、こうした声を放置すれば、やがてはひとりの声が集団の声となり、自分たちが打倒される恐れがあるからだ。

日米欧のような民主主義国家は、指導者が国民に語りかけ、訴え、議論しながら政権運営を進め、国民の期待に沿うことができていないのであれば選挙で敗退して去る。しかし、民主主義ではない国の為政者は、打倒されるくらいなら最優先で危険分子を破壊しようと動く。

だから、政権批判は往々にして「死に直結する行為」になっていくのである。

好きなことを言って、馬鹿なことを言って、それでも何事もなく日常が過ごせるというのは、当たり前のことのように見えて当たり前ではない。それは、奇跡的に素晴らしいことなのである。

もし私が独裁者が君臨するおぞましい国家、民主主義が機能していない劣悪国家、腐った社会主義国家の人間だったらどうなっていたのか。私ごときは何十年も前に政府に抹殺されていただろう。

私は日本に生まれ育った日本人だから好きなことが言えているというのは深く自覚している。鈴木傾城は日本人で幸運だった。そうでなければ政権批判して死んでいた。

私だけではない。私たち日本人はみんな幸運だったのだ。政権批判しても死なないのだから……。(written by 鈴木傾城)

もし私が独裁者が君臨するおぞましい国家、民主主義が機能していない劣悪国家、腐った社会主義国家の人間だったらどうなっていたのか。私ごときは何十年も前に政府に抹殺されていただろう。

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