◆自分が邪悪になる必要はないが、邪悪の存在を意識しておくのは大切だ

◆自分が邪悪になる必要はないが、邪悪の存在を意識しておくのは大切だ

どこかの国で台風や地震や豪雨のような自然災害が起きて、広い範囲が被害に遭い、多くの人たちが傷ついたとき、ほとんどの人は被害に遭った国の人たちに同情し一刻も早く立ち直って欲しいと考える。

自分にできることはないか、募金はどうなのか、ボランティアはどうなのかと考える。基本的に人間は善良であり、困った人たち、泣いている人たち、追い詰められた人たちを見ると、普通は心穏やかではいられない。

「自分にできることであれば、何とかしてあげたい」と思う。

ただ、世界はいつも揺れ動いている。常にどこかで被害者が生まれているので、いつも誰かを助け続けることは実質的に不可能でもある。そうであっても同情心や思いやりを忘れない。

しかし、現実はきれいな部分だけで存在していない。

中には被害に遭った国や人を指して、「そのまま沈没しろ」「天罰だ」と嘲笑い、「地獄に堕ちろ」と罵るクズもいる。たとえば、日本はしばしば大きな被害に遭う国だが、この日本を指して「国民性が悪いから天罰を受けているのだ」と嘲笑って日本の苦境を喜ぶ国さえもある。

善良である人たちがいる反面、邪悪な人間も一定数存在する。それが「世の中」の現実である。(鈴木傾城)

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