自分の力で生きる能力を持たないと「自分の人生」を生きることができない

自分の力で生きる能力を持たないと「自分の人生」を生きることができない

日本が1990年のバブル崩壊以後、政府も企業も極めて意図的に若年層を切り捨てるようになった。その経緯は、若年層こそ知っておいた方がいい。(ブラックアジア:1971年〜1974年生まれは、自分たちは過酷な時代に生きる世代だと認識せよ

その結果、日本の社会の底辺では、数十万人ものニートやフリーター、そして1000万人をゆうに超える非正規雇用者が発生した。

彼らは低賃金であるがゆえに結婚が絶望視されているのだが、低賃金で結婚ができない理由のひとつとして、「親から自立できていない」ということにある。

これは、実はとても危険なことである。

人間は、誰かに頼って生きるのではなく、自分の力で生きる能力を持たないと「自分の人生」を生きることができない。他人に依存するというのは、自分がその依存者の奴隷になるということなのだ。

そんな状態が長く続くのは、本人は言うに及ばず、親も社会もみんな不幸になる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

すべての動物は親から自立しなければならない運命

人間は社会に頼って生きている「社会的な動物」なので、完全に他人や社会から自立するというのは、実はとても難しい。人間は知らずして、社会のいろんなところに依存しながら生きている。

しかし、それでも人間は自立を目指す。最低でも、親から独立することを目指す。これは人間だけではなく、動物も同じだ。すべての動物は「親から自立しなければならない運命」にある。

自立が重要な理由は、いくらでも挙げられる。

人間は親子であったとしても、それぞれ独立した生命体である。親の生きる道と、子供の生きる道はまったく違う。だから、子供は自分の人生を生きるために、親から独立しなければならない。

また子供は親から自立することで、精神的にも自由になる。親に依存するというのは、親が常に自分の人生に介入するということだ。自立することによって、子供は自分の人生を親から解放することが可能になる。

親から独立するというのは、自分で稼いだ金を自分で使うということでもある。自分が稼いだ金なのだから、それをどのように使おうと、親には関係ない。自立が維持できる限り、自分の金は自分で自由に使える。自立するというのは、経済的にも自由になるということなのだ。

自分が自立すると、親の負担を減らすことにもつながる。いつまでも親に依存し、親にぶら下がるというのは、親に経済的にも心理的にも迷惑をかけ続けるということだ。いつまで経っても自立できない子供は、親を精神的にも経済的にも消耗させている。つまり、迷惑をかけ続けている。

自立できないと、結婚もできない。自分が自立できないと、家庭を持つという人間らしい営みが不可能なのだ。自立できず、自分すらも養えない身で親と同居しているうちは、結婚は夢のまた夢となる。

ダークネスの電子書籍版!『邪悪な世界の落とし穴: 無防備に生きていると社会が仕掛けたワナに落ちる=鈴木傾城』

親に依存していると、大人ではないと見なされる

自立するためには、自分の身を自分で管理しなければならない。それを成し遂げることが「自分の人生を生きる」ということである。

管理とは「コントロール」とも言う。自立できていないというのは、自分の身を自分でコントロールできないということでもある。

つまり、自立できていないと、他人に振り回され続ける。親に振り回され、自分は常に隷属的な立場として、いつまで経ってもその境遇から逃れられない。ずっと束縛され続け、その束縛から逃れられないのである。

親に依存し続け、束縛され、振り回され、自分で自分の人生をコントロールできないというのは、大人の年齢になっても、真の意味で「大人になれない」ということでもある。発言権もなければ、人間としての重要性も劣る。

親から自立できていないというのは、自分の人生の面倒を自分で見るという必要最小限の責任を放棄しているのだと見なされるのだから、世間に出ても発言権などあろうはずもない。

世間は、いつまで経っても親に依存している人間を見ると、その人が何歳であろうとも、「大人ではない」と見なすのである。

「親から自立できていない」というのは、あらゆる面で問題がある。年齢からして、親は子供よりも先に死ぬことになる。そうでなくても、親は子供よりも確実に歳を取って子供の依存を支えきれなくなる。

自立できていないと、子供は確実に窮乏に落ちる。子供が五体満足なのに自立させない親というのは、本当は子供を不幸にしている親でもある。

こんな弱肉強食の資本主義の時代だからこそ、親は何としてでも子供に「自立できる」という力を与える必要があるわけで、自立できないという状態を容認していてはいけないのだ。

鈴木傾城が、日本のアンダーグラウンドで身体を売って生きる堕ちた女たちに出会う。電子書籍『デリヘル嬢と会う2』はこちらから。

親から自立ができない人生は、自分の人生ではない

親は子供を自立できるように教育し、子供は親から自立できるようにもがくべきだ。そうしないと、自分の人生に未来がないばかりか、国の未来すら危うくなってしまう。

今の日本からエネルギーを奪っているのは、「何が何でも子供を自立させる」「何が何でも親から自立する」という強烈な意思であるとも言える。

そもそも、親から自立できるというのは当たり前のことであり、その当たり前ができていないことに、日本人の心理的な劣化が生まれていると言ってもいい。

なぜ日本の教育は、「自立すること」「独立すること」を強く子供たちに教えないのか分からないが、そんなところにも今の教育の方向性には疑問がある。日本の教育は、いつも一番重要な部分を無視している。わざとなのだろうか。

「自立できない」ことを容認していると、個人が自立できなくなるばかりか、国としての独立すらも危うくなるのは当然のことだ。自立できない個人が大勢になった国が、独立を保てると考える方がどうかしている。

確かに現在は自立しにくい社会になっているのは事実だ。また、若年層の自立を阻害させている要因がいくつもあることは誰もが知っている。

しかし、だから「自立しなくてもいい」という話にはならない。自立できない不本意な状態であっても、強烈な自立心は持つべきで、自立できていないのであれば、死ぬほど焦りながらもがく必要がある。

自分の道を進むためにも、精神的にも経済的にも解放されるためにも、親にいつまでも迷惑をかけないためにも、自分の家庭を持つためにも、束縛されないためにも、責任ある大人になるためにも、そして自分の可能性を探るためにも、自立は絶対に、何が何でも必要だ。

親は子供に教育を与え終えたら、心を鬼にして子供を家から追い出す必要がある。子供は最終学歴を得たら、親の元から自分から出て行かなければならない。「卒業の日が、親の家から出て行く日」と最初から決めておくべきなのだ。

親から自立ができない人生は、自分の人生ではない。(written by 鈴木傾城)

自分の道を進むためにも、精神的にも経済的にも解放されるためにも、親にいつまでも迷惑をかけないためにも、自分の家庭を持つためにも、束縛されないためにも、責任ある大人になるためにも、そして自分の可能性を探るためにも、自立は絶対に、何が何でも必要だ。

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

一般カテゴリの最新記事