自分探し? 本当の自分を知りたければ真っ先にどこに行けばいいのか教えよう

自分探し? 本当の自分を知りたければ真っ先にどこに行けばいいのか教えよう

自分が今のアイデンティティを持つようになったのは、子供の頃にモデリングしたものが大きな影響力を保っている。ところが子供の頃の記憶は消えていて、自分が何を吸収したのか覚えていない。しかし心配するに及ばない。自分が何をモデリングしたのかを最も簡単に知る方法がある。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

子供の頃に学習したものが「自分」を形成する

政治家の親はやはり政治家だったりする。歌手の親はやはり歌手だったりする。俳優の親はやはり俳優だったりする。経営者の親はやはり経営者だったりする。評論家の親はやはり評論家だったりする。

ヤクザの親はやはりヤクザだったりする。犯罪者の親はやはり犯罪者だったりする。セックスワーカーの親はやはりセックスワーカーだったりする。

私たちは、こうした現象を飽きるほど指摘することができる。全員が全員そうなるわけではないのだが、良くも悪くも子は親の生き様を「追う」というのは否定できない現象でもある。

社会の最底辺では、親がアルコール依存で崩壊した家庭で育った子供も多い。こうした子供が大人になると、親と同じようにアルコール依存になる確率が高い。家庭を持つと、あたかも自分の親をなぞるかのように家庭を荒廃させてしまう。

そうした不幸の連鎖がどん底《ボトム》の世界では珍しくない。

他にも「虐待された子供は大人になると虐待をする親になる」ともよく言われる。虐待という不幸も世代間連鎖しやすい傾向があるのは、児童福祉に関わったケースワーカーの多くが指摘する。

虐待された子供たちは絶対に虐待する親になるわけではない。自分が虐待されて育ってきたので、親を反面教師に自分の子供には大きな愛情をかけて育てている人もいる。

しかし、虐待された子供が虐待する親になるケースは、心理学者の研究対象になるほど多いのである。

いったい、どうしてこんなことになってしまうのか。

それは、子供の頃に学習したものが「自分」という存在を形成し、たとえそれが自分の欠点であったとしても、もう変えることができない無意識にまで刻まれていることに起因している。

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子供の頃に吸収したものは、強い影響を与える

子供の頃に学習した様々なものには善悪の判断や取捨選択は入らない。スポンジが清水でも汚水でも構わず吸い取るように、それを吸い取る。

だから、虐待する親に育てられて「子供は虐待するもの」という学習をして育った人は、親になると自分の身体で覚えた学習が表出して「無意識」に子供を虐待してしまうケースが確認されるのだ。親を真似るというのは、強力な本能なのである。

こうした「子供の頃に吸収したもの」は、意外にその後の人生に強い影響を与える。大人になって幼児の頃を振り返っても、その大部分の記憶は失われているのだが、この時に吸収されたものは潜在意識に降りて自分の無意識になっている。

子供は「見たもの」をそのまま真似て取り入れ、それを吸収して自分というものを作り上げていく。これを「モデリング」と呼ぶ。もちろん、子供がモデリングするのは親だけではない。環境からも多くをモデリングしていく。

子供の頃にテレビを朝から晩まで浴びて育ったら、テレビが「親代わり」となる。そのためテレビに強い影響を受ける子供となる。

テレビの内容を善悪構わずモデリングして、テレビの内容通りの人間になっていく。テレビが下劣であれば、子供もまた下劣になりやすい。

では、自分のまわりに野生動物しかいなくて野生動物が親代わりになったらどうなるのか。もちろん、人間の子供は野生動物の真似をして生きるようになり、人間よりも野生動物に近くなるのである。(ブラックアジア:狼少女カマラは悪魔が創造したのか、私たちが悪魔なのか?

こういった特異なケースもある。

しかし、大部分の子供は実の父母に育てられることが多いので、父母がモデリングの対象となる。

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自分が子供の頃にいったい何を吸収したのか?

こうした「モデリング」によって形作られた「自分」は、自分が意識しない間に固まっていく。だから、それを捨てるというのは、自分を捨てるということにつながっていくので、なかなか捨てられない。

たとえ、それが自分にとって害をもたらすと分かっていても自分の性質を捨てられない。結果的に、人間は子供の頃に吸収した「自分」で世の中を生きていくしかないのである。

そう考えると、自分が子供の頃にいったい何を吸収したのかと不安になってしまうはずだ。とんでもないものをモデリングして自分の一部になってしまっているかもしれない。それを棚卸しして精査してみたいと思うかもしれない。

しかし、問題がある。

ほとんどの人は自分の幼児の頃の記憶はおぼろげにしか覚えていない。一番古い記憶というのは、多くの人は3歳くらいの記憶である。その科学的な理由は、3歳までは脳が未発達で、それまではしっかり脳が機能していないからだ。

脳が完成するのは3歳くらいからであり、そこからゆっくりと記憶が蓄積するようになるのだ。では3歳になったら、すべての記憶が鮮明に残っているのかと言えばそうでもない。個人差はあるが、やはりそのほとんどが忘却している。断片的にしか思い出せない。

何らかの場面を思い出すことがあっても、その前後が消えてしまっていることが多く、なぜその場面だけが記憶に残っているのかも分からない。しかし、その自分が何も覚えていない時期に、まわりをモデリングして自分という人間が形作られてアイデンティティとなっている。

自分が何を吸収したのか知りたければどうすればいいのか。

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自分が何をモデリングしたのか最も簡単に知る方法

自分が今のアイデンティティを持つようになったのは、子供の頃にモデリングしたものが大きな影響力を保っている。ところが子供の頃の記憶は消えていて、自分が何を吸収したのか覚えていない。しかし心配するに及ばない。

自分が何をモデリングしたのかを最も簡単に知る方法がある。それが「子供の頃に自分を育ててくれた人を見る」というものだ。

ほとんどの人にとってそれは親である。親が自分の幼児期に最も強く関わった人間なのだから、かなりの部分を親のモデリングで吸収してきたはずだ。だから親を見れば、自分が何を吸収したのかが分かる。

それが無意識に自分の性格となっている確率が高い。

思春期を過ぎて親を客観的に見ることができるようになると、親の行動をも「良い行動と悪い行動」を取捨選択してすべて吸収することはなくなっていく。しかし、子供の頃は善悪の判断もなくすべてを吸収して取り入れてきたのだ。

私たちは両方の親の言動を受け継いで自分が出来上がったと考えることができる。

しつけの悪い子や、問題を起こした子供がいたら「親の顔が見たい」と言って呆れる人もいる。

この「親の顔を見たい」というのは、まさに子供は親をモデリングしているのだから、親を見れば子供の将来が分かるという意味も含んでいる。「この親にしてこの子あり」を確認したいのである。

ということは、「自分が何者なのか、自分はどのような人間になるのか」を知りたければ、性格判断をしなくてもカウンセラーのところに行かなくても、改めて親を24時間観察すればだいたい分かるということになる。

「本当の自分」を知りたければ、真っ先に自分を育ててくれた人のところに行けばよかったのだ。「本当の自分」を知りたければ親を観察すべきなのである。「自分探し」で行くべき場所は外国ではない。実家だ。

親をみれば、いろんなものが自分に「世代間連鎖」していることに気付くはずだ。知らずしてモデリングした成果が今の自分の姿である。あなたは、自分の親を見つめる勇気があるだろうか?

ボトム・オブ・ジャパン
『ボトム・オブ・ジャパン 日本のどん底(鈴木 傾城)』

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