産み捨ては、少子高齢化に苦しむ日本社会の暗い闇の側面だ

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2017年11月20日。大阪府寝屋川市高柳7丁目に住む斉藤真由美という53歳の女性が交番を訪れて、「子供4人を産み落とした。バケツにコンクリートで埋めて家に置いている」と警察官に伝えた。

寝屋川警察署がこの女性のマンションを調べると、証言通り部屋の押し入れの中には段ボールが4つ置いてあり、それぞれにコンクリートで詰められたバケツが入っていた。このバケツ1つに乳児1人分の白骨死体があった。

この女性は、26歳から32歳までの間に生まれた子供5人を生んでいた。

しかし、「金銭的余裕がなく育てられないと思った」ので産み落とした赤ん坊の4人は口にティッシュを詰めて窒息死させ、遺体をバケツに入れて、上からセメントを流し込んで「処分」していた。

ひとりは育てており、彼女は現在20代になるその息子とふたりで暮らしていた。

子供の父親となる男性とはすでに別れており、彼女はアルバイト等で生活を成り立たせていたが、家賃は遅れがちで生活は経済的に楽ではなかったとされる。

ところで、彼女は最初の「我が子殺害」から20年以上も経っているのに、彼女はずっとそのバケツを捨てなかった。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

少子高齢化に苦しむ日本社会の暗い闇の側面とは

20年の間にはいくらでも捨てる機会があったはずなのに、彼女はそうしなかった。

さらに誰にも言わなければそれは発覚しなかったはずなのに、彼女は自ら警察署に出向いてそれを告白した。産み落とした我が子に非道な行いをしていた母親だが、ずっと罪の意識にさいなまれており、それを捨てられなかったのだ。

「これまでずっと悩んでいた。死のうとも思ったが、育ててきた子供もいるのでひとりで死ぬこともできなかった。相談できる人もいなかった」

そして、2ヶ月後。今度は現場から淀川を渡って15キロも離れていない大阪府箕面市で19歳の少女が死体遺棄の疑いで逮捕されていた。

この少女は母親と祖父母と一緒に暮らしていたのだが、自分が妊娠していたのは親にも誰にも言っていなかった。そして自宅のトイレで子供を産み落としたのだが、その子をバスタオルにくるんで遺体を押し入れに隠した。

「産んだ時、産声はなくて死んでいたと思う」と少女は話している。

19歳の少女が妊娠しているのを母親も祖父母も気付かないというのが不思議だが、少女の証言によるとそうなっている。

親が子供の妊娠に気付かなかったと言えば、静岡県牧之原市で20歳の女子大生が自宅で子供を産み落として自宅の敷地内に捨てていたのだが親は気付かなかった。この女子大生は「父親が誰か分からない」ので妊娠を誰にも告げずに産み捨てていた。

産み捨て事件はもうずいぶん前から日本で繰り返し繰り返し報道されるようになっている。

最近も群馬県太田市に住む19歳の無職の少女が歌舞伎町のホテルで子供を産み落とし、出産直後の乳児の遺体を遺棄したとして書類送検される事件も起きている。

2018年4月2日には、前橋市上新田町の老人保健施設の敷地内に紙袋に入れられた赤ん坊が捨てられていた。死体遺棄した母親は見つかっていないが、「死産した赤ちゃんを産み落とした。こちらで供養してほしい」と書かれていた。

日本では熊本市の慈恵病院が「赤ちゃんポスト」を設置しているが、10年間で全国から130件の預け入れがあった。相談は10年間で2万1279件である。それだけの人々が「赤ん坊を育てられない」として「捨てる」ことを考えているのだ。

日本は少子高齢化に苦しむ国になっているのだが、一方で暗い闇の事実もある。それは人工妊娠中絶の件数は年間で約17万件ほどあるということだ。

「生命を大切にする」はずの日本で、多くの生命が生まれる前から消されている。

子供の産み捨て事件には父親の存在が常に希薄だ

なぜ母親は嬰児を産み捨てるのか。

そこには望まない妊娠があったはずだし、さらに貧困が重なっていることも多い。両方は切り離されるものではなく、セットになっているケースが大半だ。

生活苦に陥っているのに望まない妊娠をしてしまう。どうしようかと決断できないうちに6ヶ月が過ぎて中絶も不可能になる。そして、そのまま成り行きで出産し、どうしようもなくなって産み捨てる。

産み捨てに至る「望まない妊娠」の理由はいくつもある。

たとえば、乱脈な性行為がもたらしたものであったり、避妊を拒絶する男性側の身勝手がもたらしたものであったり、避妊のためのピルが日本では一般化しないことがもたらすものであったりする。

産み育てることができない環境にあるのに、妊娠してしまう。そして手をこまねいているうちに手遅れになる。

子供の産み捨ての場合、大抵は母親がそれをするので母親が責めを負うことになる。しかし、子供は女性ひとりで作れるものではない。一方で必ず彼女を妊娠させた男が裏にいる。

子供の産み捨て事件には、「父親」の存在が常に希薄だ。それもそうだ。よくよく考えれば父親が責任を持たないから、母親は苦渋の決断を迫られているのである。

女性を妊娠させて男性が責任を取らないと、女性は妊娠中から貧困に落ちる危険が高まる。妊娠中の女性は働けないし、子供が産まれるとなおさら働けない。

もし男性のサポートや実家のサポートや行政のサポートがないと母子ともども飢え死にしてしまうことになっても不思議ではない。望まない妊娠と産み捨てが貧困とセットになっているのは、まさに「働けない」からでもある。

私はここ数年、多くの風俗嬢と会っていたのだが、その中には臨月にも関わらず働いていた女性もいた。なんと日本には「妊婦風俗嬢」までいたのだ。

さらに彼女たちが子供を産むと、今度は「母乳風俗嬢」として働く。

妊娠した母体や母乳までも売りにして生きる女性がいるのは、経済的に余裕のない中で妊娠し、男性のサポートがなく、「ひとりで何とか生き残らなければならない」からだ。そのような状態に陥った女性は確かにいた。

人工妊娠中絶の件数も年間で約17万件近くもあることを考えると、女性を妊娠させる無計画な性行為や無責任な性行為をする男性が社会の裏側で少なくないことを意味している。

アンダーグラウンドに生きていた私が言うのも何だが、一部の男の無責任が女性を追い込んでいる事実は、日本人はもっと深く考えるべきだ。

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「コインロッカー・ベイビー」という造語の由来

ところで、貧困と子供の産み捨てについては、現代の日本と同時に「かつての日本」にも触れておきたい。

日本の社会で、「産み捨て」がピークに達していたのは1945年の戦後の混乱期である。この当時、日本の国土は敗戦と空襲で主要都市のすべてが灰燼と化していた。

社会は荒廃し女性たちは子供を育てるような環境ではなく、自分が生き延びられるかどうかが問われるような時代でもあったのだ。

そのため、社会の裏側で「産み捨て」の事件が多発していた。

しかし、戦後の混乱が収束し、やがて復興に向けて動き始めるようになってから、この「産み捨て」事件も潮を引いたように減少していくことになる。

貧困が解消すると、産み捨ても解消する。分かりやすい構図だ。

しかし、日本が高度成長期に入って「一億総中流」と言われるようになった1970年に入っても、赤ん坊の産み捨ての事件は決してゼロにはならなかった。

いつの時代でも、社会のどん底に堕ちて生活に困っている女性はいるし、そうした女性は闇の中で自分が生んだ赤ん坊の処置に困ってこっそりとどこかに捨てるからだ。

「一億総中流」が叫ばれていた1970年代、ある「産み捨て」の方法がいくつも発生したことはアンダーグラウンドの歴史にはしっかり刻まれている。この時代、赤ん坊を産み捨てる母親の一部はどこに捨てたのか。

それは「コインロッカー」だった。

後に多くの女性が無責任なセックスの後始末に赤ん坊をコインロッカーに棄てる事件が相次いだことにより、「コインロッカー・ベイビー」という造語まで生まれた始末だった。

1970年代と言えば、折しも時代は「ヒッピー文化」の真っ只中であった。既存の文化を打ち壊すカウンターカルチャーとしてのヒッピー文化は、性道徳も打ち壊してフリーセックスを実践した。

この時代と「コインロッカー・ベイビー」が重なったので、やがてはこのコインロッカーの産み捨ては無軌道セックスの暴走の象徴として語られることになっていく。

最初は、夫に捨てられた貧しい女性の犯行だった

しかし、「コインロッカー・ベイビー」の最初の事件は上野駅で起きていたが、実はこの事件はヒッピー文化とはまったく関係がない。

最初の事件は、やはり貧困の中で夫に捨てられた貧しい女性の犯行だったのだ。彼女は、夫に捨てられた後に妊娠に気がついたが、中絶するお金すらなく臨月を迎えて、住み込みの部屋で子供を出産した。

住み込みの場所は「上野の飯場(はんば)」と当時の記録に記されている。

飯場の集まる場所と言えば、もちろん山谷(さんや)である。山谷で住み込みで働いていたというのだから、彼女の苦境の背景も理解できるはずだ。

山谷は貧しい貧困層が唯一泊まれる賃金の安いドヤが密集しており、同じ境遇の人々が肩を寄せ合って生きている場所だった。この時代の山谷を描いた作品では漫画『あしたのジョー』がよく知られている。

彼女は飯場で赤ん坊を産んだ。しかし、赤ん坊を育てる自信がなく、そのまま首を締めて窒息死させた。そして、ダンボールに赤ん坊の遺体を詰めて、それを上野駅構内のコインロッカーに棄てたのだった。

当時のコインロッカーはハイテクでモダンな装置であると思われていたのだが、いかにも都会的な収納ボックスと、彼女の極貧の生活状況とはなかなか結びつかない。

だから、極貧の女性の犯行であったということは忘れ去られ、やがて彼女の事件そのものよりも、コインロッカーに赤ん坊を棄てるという「テクニック」だけが人口に膾炙した。その後、類似事件が続出した。

やがて、コインロッカーがハイセンスでも何でもなく、ありふれた機械になっていくと、コインロッカー・ベイビーの事件も減っていった。

日本はさらに豊かになり、やがてバブルを迎え、日本の女性たちは貧困とは無縁の存在になったかに見えた。

しかし、1990年にバブルが崩壊すると、再び日本女性にも貧困が忍び寄るようになっていった。今では独身女性の貧困も珍しくなくなっている。

再び産み落とし事件は増えていくのだろうか。それとも、少子化の加速の方が早くて事件数自体は減っていくのだろうか。

女性の貧困と産み捨ては密接な関連性がある。だから、貧困と格差が広がる日本で「産み捨て」の事件は注目した方がいい。それは社会の底辺のバロメーターでもあるからだ。(written by 鈴木傾城)

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女性の貧困と産み捨ては密接な関連性がある。だから、貧困と格差が広がる日本で「産み捨て」の事件は注目した方がいい。それは社会の底辺のバロメーターでもあるからだ。
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