経済問題を抱えていると考えが鈍る。脳は経済の心配事をずっと考えて疲弊する?

よほどの金持ちでもない限り、私たちは誰でも「カネに困ったら悩みで頭がいっぱいになる」という現象は我が身を通して知っている。さまざまな実験でも、カネの心配を抱えていると考えるチカラが鈍ってしまうことが確認されている。貧困は知的能力を奪うというのは事実なのだ。(鈴木傾城)

知能が13ポイント下がっていく要因

アメリカ・ニュージャージー州のショッピングモールで、高所得層と低所得層を対象にしてある実験がおこなわれた。買い物客を呼び止め、まず簡単な想定問題を読ませた。以下のようなものだ。

「乗っている車が故障しました。修理には150ドルかかります。あなたはこの修理代をどう工面しますか?」

しばらく考えさせたあと、修理代とはまったく関係のない認知テストを受けさせる。図形の並びから法則を見つける推論課題と、とっさの反応を抑えて正しく答える注意力の課題だ。

結果は、高所得層も低所得層も変わらなかった。

ところが、である。この問題で修理代「150ドル」のところを「1500ドル」に変えて、同じテストを高所得層と低所得層にやった。そのとき、結果が明確に分かれたのだった。低所得層は、高所得層に比べて格段に成績が落ちた。

つまり、頭の中で「1500ドルをどうするか」を考えはじめたら、低所得層だけ成績が落ちるのだ。

研究チームは同じ問いを、他でも確かめている。

舞台はインド南部タミル・ナードゥ州、対象は約460人のサトウキビ農家だ。彼らは年に一度の収穫で年収の大半を受け取る。収穫前は現金がない。そのため、借金をして持ち物を質に入れている。逆に収穫後には一括でカネが入って支払いが片づく。

研究チームは同じ農家に、収穫前と収穫後の二度、同じ知能テストを受けさせた。成績は収穫前の方が悪かった。同じ人間である。教育も栄養状態も、数か月で変わるものではない。変わったのは手元にある現金の有無である。

現金がないときは、明らかに知能が落ちていた。研究チームの計算では、経済的な心配を抱えている状態の認知機能の落ち込みは、知能指数にしておよそ13ポイント分に相当すると述べている。

圧倒的「病み垢」女子
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目の前の課題に回せる処理能力が減る

人間の脳が同時に処理できる量には上限がある。パソコンで大きなファイルをダウンロードしながら別の作業をすると動作が重くなるのと同じだ。経済的な問題も、人間の脳に大きな負荷を与えているようだ。

家賃の支払い、カードの引き落とし日、来月の食費、細々とした雑費、不意の出費……。こうした心配事は、自分が意識していなくても脳はずっと考えている。つまり、裏側でずっと重くて深刻な処理が走っている状態だ。

当然、その分だけ目の前の課題に回せる処理能力が減る。

モールの実験で低所得層の成績が落ちたのは、1500ドルという金額が低所得層にとって厳しい問題だったからである。

逆に高所得層にとっての1500ドルは、口座から引き落とせば済む事務手続きでしかない。さっさとカタがつく。同じ金額でも、一方には未解決の問題として脳に居座り続け、もう一方では数秒で処理が終わる。

それこそが知能指数が13ポイント分落ちた理由であった。

私たちの生活でも、カネがないときはずっとそれが心配事として頭にあって、そのせいで自分の本来の能力が発揮されないという経験が人生のどこかであるはずだ。

心配事は、それが何であれ自分のパフォーマンスを落とすのは間違いない。特に「カネが足りない」という心配事は非常に重いものなので、パフォーマンスに影響しないはずがない。

そのパフォーマンスの低下がどれくらいなのかは、もちろん個人差はある。これらの研究もその点については批判があるのだが、重要なのはいずれにしても経済苦がその人のパフォーマンスを落とすという現象そのものだ。

貧困はその度合いが強ければ強いほど考える力が落ちてしまう。それは東南アジアの貧困の現場を見てきて強く思う。日本でも「貧すれば鈍する」という言葉もあるが、貧しくなってしまうと、考えもうまくまとまらなくなってしまう。

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借金を減らしただけで変わった?

興味深いのは、これと真逆のことをして同じ結論を引き出した研究もあることだ。シンガポール国立大学のオン・チーエン、シンガポール社会科学大学のウォルター・テセイラ、そしてアイリーン・ンによる共同研究である。

シンガポールのある慈善団体が、低所得世帯を対象に「借金の肩代わり」をすることになった。上限は1世帯あたり5000シンガポールドル(現在:約61万円)、世帯収入のおよそ3か月分にあたる金額である。

受給者にとっては予告のない一回きりの救済であり、見返りに何かを差し出す必要もなかった。研究チームは196人の受給者を、救済の前と後で追跡している。調査期間は2015年1月から2017年8月までにおよぶ。

支給額が同じでも、返済のされ方は人によって違った。

ある人は3件の借入先を5000ドルで精算することができた。ある人は1件だけ支払いができて、残りは減額にとどまった。このあたりは人それぞれで、どう返済するのかも個人の自由に任せられた。

その結果が興味深い。

不安症状も下がり、目先の利益を過大に評価する傾向も低下した。救済前には参加者のうち78%が不安障害の症状を示していたのだが、救済後にはそれが53%まで下がっている。

そして、支給額を一定にして比較すると、借金の口座が1つ多く消えるごとに、認知機能の測定値はおよそ0.25標準偏差改善したのだという。

ここから読み取れる事実は明確だ。借金がなくなればなくなるほど、借りている口座が消えるほど、知能が上がっていくのだ。要するに、心配事の数が減れば、知能も健康もてきめんに改善していく。

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意外に具体的な知能向上の手段かも?

あなたは、これらの実験結果に驚くだろうか? いや、「そんなことは言われなくても分かっている」という気持ちになるのではないだろうか。

よほどの金持ちでもない限り、私たちは誰でも「カネに困ったら悩みで頭がいっぱいになる」という現象は我が身を通して知っている。とすれば、シンプルな逆説も成り立つように見える。

「知能指数を上げたければ、カネの心配を消す」

問題があれば、それを除去すれば正常になる。カネの心配を消すのは、それが重い人たちにとっては具体的な知能向上の手段になりえる。

もちろん、借金が消えて貯金が増えれば天才になるとか言っているわけではない。「カネの心配が消えれば、本来の自分の最高の能力が出せる」という話である。今まで出せなかった潜在能力が出せるようになる。

カネの心配が強過ぎると、脳のリソースがそちらに取られて本来のチカラが出せなくなってしまう。だから、その不安を取り除くことができれば、脳のリソースはまるごと解放される。

今まで「なぜか集中できない」「なぜかミスが多い」と感じていた人は、もしかしたら原因は「カネの心配」にあるのかもしれない。能力が低いのではなく、能力を発揮する土台が壊れていただけなのだ。土台さえ整えば、誰でも本来の力を取り戻せる。

これまで私は貧困の中で生きる人たちを多く見てきた。スラムでも利発な子供は見るのだが、それが10代後半、20代、30代、40代と、年齢が上がるほど顕著にそれが消えているのを目撃してきた。

やはり、大人になればなるほど経済問題が人生に重くのしかかってきて、それが脳のリソースを大きく占めるようになってしまっているからなのだろうと思っている。必要最小限の生活を維持するカネもなければ、何をしていてもそれが脳裏によぎる。

そんな状態が良くないことは誰でも分かる。

資本主義に生きている私たちは、経済の問題から逃れることができない。私はこうした現実を、多くの貧しい女性たちに教わった。

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コメント

  1. Sh1nya より:

    なるほど、借金漬けになると思考が狭くなるのはエビデンスがあるんですね。生活に困窮して借金すると知能指数が低下すると。どうしてそうなる前に公的機関に相談しないのかと外野は考えてしまうけど、そこまで頭が回らなくなるからであって、返済能力の有無が判断能力を左右していると。いつ当事者になるかもしれないので心しておきたいです。

  2. ゆう より:

    まさにマタイの法則なのだ。
    金持ちはより金持ちに、貧乏はより貧乏へ。

  3. akikojapan1968 より:

    大変興味深い記事です。
    知能とお金を一緒に考えた事はありませんでした。

    >心配事の数が減れば、知能も健康もてきめんに改善していく。

    幼稚園児の時に検査してIQは131でした。
    心配事の数を減らし、知能と健康を取り戻します。

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