連載「アジアの暗黒街で愛を探した男」にて、第17回の記事『「日本の女を拉致して連れてこい」…男と女が罵り合う地獄・インド最悪の暗黒街カマティプラで見た、人身売買が横行する貧困の極み』が公開されております。ブラックアジアではあまり自分のことは書きませんでしたが、こちらでは自分のことを中心に書いております。
これを記念して、『ブラックアジア売春地帯をさまよい歩いた日々インド・バングラ編』の記事、『カマティプラ。診断女性の十人に六人がHIV感染者』を全編掲載したいと思います。

カマティプラ。診断女性の十人に六人がHIV感染者
この日、私はカマティプラを歩いていた。
ムンバイにはいくつかの荒廃した売春地帯があって、『カマティプラ』はその中の最大の場所だ。ひとことで言うと、ここはとても荒んでいる。それは、ここがスラムに囲まれた売春地帯だからというだけではない。
地域の荒廃、建物の荒廃よりも何よりも、もっと荒廃しているのは「女性たち」そのものだった。これは比喩ではない。カマティプラの女性の肉体は、傍目で見ても分かるくらいボロボロだ。
女性の心もまるで暴力に占領されてしまったかのようだ。粗野で、暴力的で、意固地で、憎悪を剥《む》き出しにしている。
多くのポン引きと女たちが私に群がり、囲み、そしてどこかに連れていこうとして私の身体や衣服を引っ張り、相手にしないでいると罵倒したり、蹴り飛ばしてきたりする。そうした人間たちに囲まれ続けながら、私はそこに立っている女たちを見つめていた。
荒んだ建物を背景に立つ女たちは誰もが眉間に皺《しわ》を寄せて私を凝視している。そして、動物のような叫び声を上げて私の注意を惹こうとするのだった。
(ここがカマティプラか……)
怒号が飛び交い、揉みくちゃにされ、荒んだ売春地帯に私は圧倒されるしかなかった。このカマティプラは「世界最大の売春地帯」という称号が与えられることもある。恐らくそれは、次の三段論法から生まれた説なのではないか。
一、カマティプラはムンバイ最大の売春地帯である。
二、ムンバイはインド最大の都市である。
三、よって、カマティプラはインド最大の売春地帯である。
最初に言っておかなければならないのは、それは真実ではない。殺気だった人々に囲まれながらカマティプラを歩いていると、実際にはコルカタの売春地帯『ソナガチ』の方がさらに規模が大きいことが分かる。
それは「少しソナガチの方が大きい」とか、「恐らくソナガチの方が大きいように思われる」という曖昧《あいまい》な次元の差ではない。ソナガチの方が、面積的にも、女性の数的にも、圧倒的に勝っている。
もし「カマティプラがムンバイ最大の売春地帯である」というのならば、恐らくそれはずっと過去のことなのだろう。
ちなみに、カマティプラ・ナグパラの両地区が売春地帯であると説明されることもあるようだが、少なくても現代ではナグパラ地区はスラムではあっても売春地帯ではない。どうも、この売春地帯は、いろいろ誤解されている点は多い。
「ジキジキはこっちだ、早くこい!」
「いい女がいる。紹介する」
「金は持っているのか? 金を見せてみろ」
ポン引きたちが脅迫とも言えるような口調で私に叫び続ける。ベイエリアに泊まっているホテルで知り合ったインド人に「今日はカマティプラにいく」と伝えたら、血相を変えて「駄目だ、いくな。殺される」と必死で私を止めたわけが分かる。
ここの治安の悪さは降り立った瞬間に半端ではないことが分かる。この売春地帯は、あまりに生々しい暴力が満ちている。ポン引きの恫喝、詐欺、恐喝は言うに及ばず、売春宿、売春する女たちすらも、男に牙を剥く。
このエリアは警察でさえ匙《さじ》を投げるムンバイ屈指の危険地帯なのだ。
現地の人々も、まともな神経を持った人間は決して中に立ち寄らない。危険だと分かっていて行くのは、よほど腹を決めた人間か、あるいはその人物の存在そのものが危険なのかの、いずれかだ。
加えて……



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