◆今後は売春で買う側も処罰か?だが売春を法律で消し去ることは絶対にできない

東京・新宿の大久保公園周辺に若い女性が間隔をあけて立ち、通りかかる男が声をかけるのを待つ。この光景が大量に報じられるようになったのは2022年ごろからだ。多いときには50〜100人ほどが並んでいたのを私も確認している。

彼女たちが急にそこに立つようになった理由は単純だ。

ホストクラブの売掛金である。ホストは女性客に「掛け」で高額なシャンパンを注文させ、恋愛感情をほのめかしながら支払いを迫る。数百万円の債務を負った女性が短期間で現金を作る手段は限られる。ホストがストリート売春に追いやっていた。

警視庁は、2026年1月以降に歌舞伎町周辺で売春の客待ちをしたとして逮捕された女性30人あまりのうち、4割近くが「ホスト代のため」と供述したとしている。あまりにも彼女たちの存在は目立ったので、英字新聞にまで報道されて外国人も大量に集まるようになってきた。

国はこの事態を放置しなかった。

2025年5月に改正風営法が成立し、同年6月28日に施行された。客の恋愛感情を利用して高額な飲食をさせる色恋営業、料金の虚偽説明、そして売掛金の支払いのために売春やAV出演を求める行為が明確に禁じられた。罰則も引き上げられ、同年11月28日には営業許可を制限する第2弾が施行されている。

では、女性たちは路上から消えたのか。

警視庁が売春防止法違反で検挙した客待ちの女性は、2023年が140人、2024年が97人、2025年が112人だった。

摘発されるホストクラブ関係者の数は減り、当局は法改正に一定の効果があったとしている。だが減ったのは摘発の数であって、女性がストリートに立って身体を売る流れそのものではない。

日本女性は「路上に立てば稼げる」と学習したのだ。

そして「買う側」にも罰則をという流れ

2026年8月24日、法務省の有識者検討会が8回目の会合を開き、売買春の規制に関する報告書案を大筋で了承した。

座長は早稲田大学の北川佳世子教授である。報告書は9月にもまとまり、法務省は早ければ秋の臨時国会に売春防止法の改正案を提出する方向で検討している。

現行法がどうなっているか。売春防止法は売春を「対償を受け、または受ける約束で、不特定の相手方と性交すること」と定義し、売春も買春も禁じている。ただし行為そのものに罰則はない。

罰則があるのは、公衆の目に触れる場所で売る側が客待ちや勧誘をした場合だけで、違反した者は6月以下の拘禁刑または2万円以下の罰金と定められている。つまり、大久保公園で捕まるのは女性だけだった。男は捕まらない。

委員からは「買う側に罰則がないのはバランスを失している」という意見が相次ぎ、規制が必要だという認識で一致した。

処罰の対象として挙がったのは、売春する相手を物色する目的で路上をうろつく行為や、女性の客引きに応じる行為である。ただし、買う側が勧誘目的かどうかを客観的に区別するのは難しいという指摘も出て、この点は見解がまとまらなかったらしい。

罰金の上限についても、犯罪抑止の観点から十分とは言いがたいとして引き上げが提案された。たかが2万円の罰金では抑止にならないという意見だ。

一方で、買春行為そのものを処罰することには否定的な結論が出ている。

同意に基づく行為への権力の介入は慎重であるべきだという意見に加え、罰則を設ければ売買春が地下に潜り、売る側のリスクがかえって高まるという可能性がある。

「売る側の処罰規定を廃止すべきだ」という意見もあったが、廃止すれば売春が許容されているという誤ったメッセージになるとして、維持が適当という意見が大勢を占めた。

同意に基づく行為への権力の介入は慎重であるべきだという意見に加え、罰則を設ければ売買春が地下に潜り、売る側のリスクがかえって高まるという可能性がある。

売春は暗闇でひっそりとおこなわれるべきだ

長らく売春地帯に沈没していた私には「売春の合法化」が最も都合が良い。日本では男も女も罰する方向に走っているが、逆に「どちらも罰しない」のが私にとって生きやすい。

日本のセックス産業は気が狂っていると私は思っている。売春防止法が禁じるのは「性交」であって、それ以外の性的サービスは法の網の外にある。だから、デリヘルなどは性サービスを標榜しつつ「本番は禁止」という世にも奇妙な世界を構築していったのだ。

私がデリヘルみたいなセックス産業が嫌いなのは、そういう建て前を押しつけているビジネスモデルだからでもある。ソープランドにしても合法ではなく、「従業員が勝手に恋愛感情を持ってやった」という建て前の中でやっている。

1956年に売春防止法が制定され、1958年に全面施行されてから、日本はこの奇妙な状態のまま70年近くをやり過ごしてきた。すでに実質的な半合法である以上、はっきり合法にして管理した方がいい。

だが、日本はそうならない。売春に関しては罰則が強化されていく。

こうなったのは、すべてホストのせいだ。私が早くからホストを糾弾していたのは、彼らのせいでこうなるのは目に見えていたからだ。素人の女性を大久保公園に立たせて無事で済むと思っていたのなら浅はかだ。

ユーチューバーは大騒ぎするし、SNSには写真が流れるし、外国にも英字新聞が喧伝するし、そのせいで外国人観光客までカメラ片手に見物に来るようになった。売春が誰の目にも見えるものになった。

そうなれば、社会が嫌悪感を持って排除に動くのは当然のなりゆきだ。取り締まりが強化されたのは、被害が増えたからというより、売春が可視化されたからである。そして、今後は法改正で売春はより厳しく罰せられることになる。

現在、大久保公園から女性たちの姿は消えた。取り締まりと官民のパトロールが続き、かつての光景は一変している。だが消えたのは公園の光景であって、売春そのものではない。女性たちは取り締まりの目を避け、今度はラブホテルの前でひっそりと客待ちを続けている。

売春は暗闇でひっそりとおこなわれるべきなのだ。

売春が明るい場所に出てきた瞬間、社会はそれを見つけ、法律を作る。目立たないことでアンダーグラウンドは生き残る。ホストどもはその逆をやり、大久保公園の女性を全国区の話題にし、あげくの果てに法の強化まで引き寄せた。

現在、大久保公園から女性たちの姿は消えた。取り締まりと官民のパトロールが続き、かつての光景は一変している。だが消えたのは公園の光景であって、売春そのものではない。女性たちは取り締まりの目を避け、今度はラブホテルの前でひっそりと客待ちを続けている。

ただし、いくら罰則を強化しても無駄

「買う側」の処罰についてどう思うかと聞かれることがある。私はいつも「表社会は好きに法律を作ればいい」と答えている。反対もしないし、賛成もしない。今回も静観している。

表社会がどうあがいても、売春が消えることは「絶対に」ないからだ。

これから起きることは決まっている。表社会は法律を作る。裏社会は抜け穴を見つける。表社会は抜け穴をふさぐ。裏社会は別の抜け穴を見つける。以下、延々とそれを繰り返す。

たとえば、1998年の風営法改正で店舗型の性風俗営業の新規出店が禁止されると、届け出だけで営業できる無店舗型、つまりデリバリーヘルスが一気に増えた。2003年に出会い系サイト規制法ができると、少女と男をつなぐ場はサイトからSNSへ移った。

売春という言葉は援助交際という言葉で丸められ、それが批判されるようになったら、今度はパパ活という言葉が生まれた。名前が変わっているだけで、中身は何ひとつ変わっていない。バラが何と呼ばれようとバラであるのと同じく、売春も何と呼ばれようと売春なのだ。

大久保公園を取り締まれば、女性はそこから消えるだろう。だが、売春を継続する女性は場所を変えただけに過ぎない。「日本がだめなら海外がある」と海外売春に向かう女性まで現れている。

売春が消えるのではなく、カタチを変えて地下に潜るだけに過ぎない。売春は抜け穴を見つけ、そこに潜り込み、巧みに生き残る。

国会は毎年何十本もの法律を作り、そのたびに条文が増えていく。法律はいくらでも変えられる。だが人間の欲望は、売春防止法ができた1956年からも、その前の遊廓の時代からも、1ミリも変わっていない。

世界のどこでも、法律が売春に勝った例を私は知らない。

潰れた歌舞伎町のラブホテル。かつてはこのホテルの前にも日本人の女性が大勢立っていた。

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