タイ王国は、シンガポール・台湾・韓国のような先進国にはなれないかもしれない

タイが今後どんどん成長していくというストーリーは、もう捨てた方がいいのかもしれない。無能な首相、既得権益に潰される改革派、日本と同水準まで落ちた出生率、上がり続ける物価、実体経済とかけ離れたバーツ高。今後、タイが大きな成長を遂げる要素が刻々と消えつつある。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

先進国になれる潜在能力もあったが

タイが今後「どんどん成長していく」というストーリーは、もう捨てた方がいいのではないかと私は思うようになりつつある。

ペートンタンみたいなのが首相になったり、若い有能な政治家が既得権益につぶされたり、少子高齢化が急激に進んだりするような現状を見ると、「タイは終わったな」と肌感覚で感じる。

実際、タイの経済成長率が東南アジアの中で際立って低いのは事実だ。タイ中央銀行は2026年1月の時点で、今年の成長率を1.5%と予測した。アジア開発銀行の予測によれば、2026年のベトナムは6.0%、フィリピンは5.8%、インドネシアは5.1%、マレーシアは4.2%だ。

周囲が4〜6%台なのに、タイだけが1%台で足踏みしている。

この停滞は、別に非常事態によるものではない。今のタイは、1997年のアジア通貨危機のときのように金融パニックが起きているわけではない。2020年のコロナショックのように、国境が閉鎖され経済活動が強制的に止められているのでもない。

工場は動いているし、観光客も戻ってきている。にもかかわらず、成長率はほとんど伸びていない。平時にこの水準まで落ちているのだから、ある意味「異常事態」ではある。一時的な逆風ではないだろう。

タイはかつて「東南アジアの優等生」と呼ばれた国だった。

1980年代後半から日系企業の進出が相次ぎ、自動車産業の集積地として「アジアのデトロイト」と呼ばれるまでになった。1人あたりGDPは中所得国の水準まで到達し、うまくいけば先進国になれる潜在能力もあった。

しかし、そこで止まった。

中所得国まで来たが、そこから所得水準を引き上げられずに長期停滞してしまった。こうした現象は「中所得国のワナ」と呼ぶのだが、タイはまさにこの「ワナ」にはまってしまった。

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50年経ってもいまだに下請けのまま

タイの製造業を支えてきたのは、外国企業の工場である。トヨタ、いすゞ、ホンダといった日系メーカーが1960年代から進出し、部品メーカーがそれに続いた。タイ政府は税制優遇と安価な労働力を提供し、外資はそこで完成車を組み立てて輸出した。

この分業は長くうまく機能し、タイは東南アジア最大の自動車生産国になった。

ところが、である。50年かけてもこの立場が変わらなかったのだ。タイには、世界に通用する自国発の技術ブランドが存在しない。外国企業の下請けから自国のブランドを構築できなかった。

本来であれば、タイ政府は稼いだ資金を技術開発に投じ、自前の製品を持つ企業へ育て上げる必要があった。タイ政府は、まったくそれをしなかった。その結果、50年経ってもいまだに下請けのままなのである。

組み立てという仕事だけでは、利益率は低いままである。

何しろ、設計、基幹部品、ソフトウェア、ブランドといった利益率の高い部分は、すべて本国側が握っている。タイに残るのは組み立ての工賃と雇用だけだ。生産量が増えても、1台あたりの取り分は増えない。

それで人件費が上がれば、外資は別の国へ移っていく。実際、そのような動きになってしまっている。

さらに悪いことに、産業の前提そのものが変わりつつある。電気自動車は部品点数が大幅に減るため、これまでタイに集積してきたエンジン関連の部品メーカーは仕事を失ってしまう。

タイはBYDをはじめとする中国メーカーの誘致には成功したが、中国系メーカーは部品も自国から持ち込む傾向が強く、タイ国内への波及効果は日系企業ほど大きくない。組み立て工場としての価値すら、いま削られている。

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政権を維持できるだけの技量を持っていなかった

正直に言って、タイの政治もろくなものではない。タイの政治には、王室、軍、財閥という3つの勢力が長く影響力を保ってきた。1932年の立憲革命以降、クーデターは19回発生しており、新しい勢力が台頭したらこの3者はすぐに新興勢力を叩きつぶす。

ただ、既得権益の側だけを責めるのは公平ではない。それに対抗してきたタクシン派もまた、政権を維持できるだけの技量を持っていなかったからだ。

最近では、それを最も明確に示したのが、ペートンタン・シナワット首相の解職劇であった。発端は2025年6月、カンボジアのフン・セン上院議長との非公式な電話会談の内容が、カンボジア側から流出したことだった。

ペートンタン氏の父であるタクシン元首相とフン・セン氏は旧知の間柄であり、会談でペートンタン氏は相手にへりくだる姿勢を見せた。そのうえ、自国の軍高官を批判する発言までしていた。この音声が公になると、タイ国民はペートンタンが想像以上の無能であることに気づいたのだった。

これについては、こちらに詳しく書いている。(ブラックアジア:タイの首相がついにクビに。昔からこの国の「真の支配者」は首相ではなかった?

2025年9月7日、タイの誇り党のアヌティン党首が新首相に就任し、タクシン派のタイ貢献党は下野した。だが、この政権も安定しなかった。第1党の国民党は閣外協力にとどまり、与党は少数派だった。

しかも国民党は、就任後4か月以内の議会解散を協力の条件としていた。憲法改正をめぐる協議が行き詰まると国民党は協力から離脱し、アヌティン氏は当初「1月末を目途」と表明していたが、不信任案を出される前に手を打った。12月11日、予定より1か月以上早く議会を解散したのである。

2026年2月8日の総選挙では、ナショナリズムの高まりを追い風に誇り党が議席を伸ばし、カンボジア対応の失敗を問われた貢献党は支持を失った。タイの政治は何十年もずっとこんな状態で混乱している。

これでは、10年単位の産業政策など実行できるはずがない。

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いくつもの問題が同時に進行している

個人的にはタイが直面している最大の問題は「少子高齢化」であると私は考えている。タイの出生率は1.21まで低下している。タイはすでに高齢社会に入ってしまい、今後の労働力人口は縮小していく。

日本も少子高齢化に苦しんでいるが、タイとは決定的な違いがある。日本は国が老いる前に豊かになっていたという点だ。そのため、日本には曲がりなりにも年金や医療の制度を支える経済基盤がある。

タイはその基盤を整備できないまま、深刻な少子高齢化に突入していこうとしている。つまり、「豊かになる前に老いる」のだ。このまま高齢化が進めば、社会保障の財源はどこからも出てこない。

家計もボロボロだ。タイの家計債務はGDP比で80%台後半に達しており、新興国のなかでは異例の高さだ。(ブラックアジア:タイ人は62.44%が債務を抱えている?ホアヒンの飛び降り自殺から見る借金苦の裏

農家も追いつめられている。(ブラックアジア:タイの農家の82%以上が借金を抱えている。もはやタイ農業は持続不可能なのか?

借金を抱えた家計は消費を増やせない。中央銀行が利下げをしても、増えた分は返済に回るだけである。政策金利は2025年10月時点で1.5%まで下がっており、金融政策で景気を押し上げる余地はもう残っていない。

物価も上がっている。中央銀行は2026年のインフレ率を3%前後と見込んでいるのだが、実際にはエネルギー価格の上昇で4〜5%程度まで跳ね上がるとも指摘されている。家賃も、医療費も、外食費もすべて値上げしており、「タイは物価の安い国」というのは、すでに遠い昔話でもある。

バーツ高も致命的だ。経済が停滞しているのに通貨が高い。バーツ高は実体経済が強いからではなく、ドル安観測とゴールド取引の急拡大によるものだ。この通貨高は、輸出と観光という2本の稼ぎ手をさらに苦しめる。

つまりタイは、成長率が低く、通貨が実力以上に高く、物価が上がり、家計は借金を抱え、人口は減っていく国である。これらの問題が同時に進行している。

だから私はタイが今後「どんどん成長していく」というストーリーは、もう成り立たなくなったのではないかと思っている。これは、確信に近い思いだ。

今後、深刻で破滅的な事態が起きなければいいのだが……。

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