スラムはいつでも燃え上がる。焼け落ちたら住民は戻れなくなり生活の基盤を失う

スラムは燃え広がりやすい環境になっている。私の知っている東南アジアのスラムのほとんどは大火災に見舞われている。そして、スラムが焼け落ちると、もう住民は戻れない。フィリピン・ケソン市で4000世帯を焼いた大火も、そこに住んでいたスラムの住民を排除する契機になるのだろう。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

いつもスラムで大火が起きる理由

2026年3月6日未明、フィリピン・ケソン市のバランガイ・ピニャハン、NIAロード沿いで大規模な火災が発生した。焼け出された世帯数はおよそ4000にのぼる。すさまじい延焼で、複数の消防隊が投入されても歯が立たないほどの火災だった。

現場は薄い合板やトタンなどの廃材で建てられたスラム地区であり、狭い路地にそれぞれが密集して建てられていた。そのため、燃え広がると延焼してしまう条件が揃っていた。

近隣の消火栓は水量が不足しており、消火活動は難航した。

この火災の一ヶ月半前、4月25日にはケソン市内のコモンウェルス市場でも大規模火災が発生している。やはり現場はスラム地区であり、周辺住民の生計を支えていた商業施設が焼失している。

この二つの火災に直接の因果関係はない。だが同じ市内、同じ時期に貧困層が集中する地域で相次いで大規模火災が発生したことで「もしかしたら誰かの意図的な放火だったのかもしれない」というウワサも立っている。

とは言っても、スラムの火災は目新しいことではない。私がそれまで知っている東南アジアのスラムは、タイ・バンコクのクロントイから、カンボジアのブディンから、インド・ムンバイのダラヴィから、インドネシア・ジャカルタのクマヨラン地区やバダンまで、ことごとく燃えている。

マニラ最大のスラムと言われているトンド地区のスラムも火災多発地帯である。スラムは「とにかく燃える」のだ。

ピニャハンの被災住民は現在、仮設の避難所で生活しながら、市の家賃補助を頼りに次の住まいを探している。ケソン市の住宅・コミュニティ開発・再定住局は2027年までに新たな集合住宅を建設すると発表した。

だが、途上国の行政はだいたい口だけなので本当に建設できるのかどうかは誰にも分からない。

ブラックアジア フィリピン編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
現代のソドムとゴモラ。堕落と快楽と貧困とマネーが渦巻くフィリピンの売春地帯を鈴木傾城がさまよい歩く。

「燃えたら、もう戻れない」のが暗黙のルール

だいたいどこの国でもスラムで火災が起きたら、燃え跡は柵で囲われることが多い。「燃えたら、たいてい柵で囲われる。住民はもう戻れない。組織化されたコミュニティでない限り、ほとんどがそうなる」と現地の人権団体の職員は述べている。

住民はもともと「違法」で住んでいた。そのため、燃えて閉め出されたら「かつて、そこに住んでた」と主張しても通らないのだ。今回のピニャハン地区のスラム住民たちもまたそうだ。

そのスラムが都市部にあると、行政は大火でスラムを一掃されたのを幸いに、すぐにそこを「再開発エリア」に指定して、土地を高く買ってくれそうなデベロッパーと話をつけてしまう。

今回のピニャハン地区もまた、そうなっていく可能性が高い。

都市の貧困地区で火災が起きるたびに、同様の経過をたどった例がフィリピン国内で繰り返し報告されてきた。正式な土地権利を持たない違法居住者にとって、焼失は法的にも交渉上も不利な立場であり、為す術がない。

もちろん、スラム内でも組織化されたコミュニティと強いリーダーを持つエリアは、違う結果をたどることがある。住民同士が結束し、行政や開発業者との交渉窓口を持つエリアでは、立ち退きに対して強く反発して行政を押さえ込むことができる。

ただ、そうしたコミュニティは非常に少ない。

ほとんどのスラムは組織化されておらず、こうした地域ほど、火災に遭ったら、もはや家を焼かれ、すべてを失い、元のところに戻ることもできず、何もかも失ったまま路頭に迷うことになるのだ。

火災、閉め出し、排除が起こる。

スラムに住むというのは、電気もガスも下水もない環境の悪い場所で暮らすリスクだけでなく、いつでも住む場所を奪われるというリスクもあるということだ。

コルカタ売春地帯: インド最底辺の女たちとハイエナの物語 (セルスプリング出版)
インド最底辺の売春地帯に沈没していた私は、ある日ひとりの女と出会った。彼女は「人を殺した」という噂があった。

スラムの火災リスクを高めている要因

このピニャハンの火災は本当に放火だったのだろうか。そういうウワサは確かに立っているのだが、実際にどうだったのかは分からない。もしかしたら自然発火の可能性も十分にある。

その背景として指摘されているのが、住民による違法な電気の引き込みだ。

実のところ、大半のスラムの電気は盗電で成り立っている。住民が電線から勝手に電気を引いてしまう。この自己流の配線が、火災発生の一因になっているというのは、どこの国でもしばしば指摘されている。

スラムは正規のインフラへのアクセスが最初から用意されていない。そんな中で、住民が生活を維持するために取った手段が、結果として火災リスクを高めているというのが現実でもある。

違法建築だと土地の権利を持たないので、電力会社や水道局から正式な契約を結べない。しかし、すでに生活の基盤として電気と水を必要としている以上、正規の手続きを踏めない住民が非合法の手段に頼るのは当然のように見えた。

行政も長らくそれを黙認してきた。彼らを救済する能力がないのであれば、放置しておくしかないからだ。

このような状況は、フィリピンに限った現象ではない。私もかつてはバンコクのクロントイスラムやカンボジアのトゥールコック地区のスラムに潜んでいたことがあったが、生活用水は雨水だし、電気はやはり盗電だった。

火災リスクを下げる根本的な方法は、正規の電気・水道アクセスをスラムの住民にも提供するしかない。だが、土地の所有権や使用権が整理されていない地域には、そもそも正式なインフラ整備の計画自体が立てられない。

行政の側から見れば、土地権利が不明確な地域に正式なインフラを敷設することは、その地域の居住をなかば公認することにもつながる。そうすると、今度は土地の権利を巡ってややこしい問題も発生してしまう。「勝手に住み着いた土地は、その違法占拠者のものになるのか?」という問題である。

[復刻版]絶対貧困の光景: 夢見ることを許されない女たち (セルスプリング出版)
インドの貧困地獄から這い上がれない底辺で生きる女たちの壮絶な日々を追う!インドの貧しい女たちの生き様とは?

行政そのものも岐路に立たされている

フィリピン政府は近年、国民住宅計画(パンバンサン・パバハイ)と呼ばれる住宅供給策を進めている。消失したスラム跡地にも国民住宅を建てて、元から住んでいた住民たちに入ってもらおうというわけだ。

だが、国民住宅の入居には正規の金融手続きを通す必要がある。不安定な収入しか持たないスラムの居住者は、この時点で対象から外れやすい。

さらに、この制度で住宅を手に入れると、月々の返済額が8000ペソを超えるケースもあり、低所得者層がすべて利用できるわけではなくなっている。支払えなければ国民住宅に入れない。

つまり、政府が「救済」のために国民住宅計画を進めても、肝心なスラムの住民がそこに入れるとは限らないのだ。焼失前の土地に住んでいた人々の大半は、結局はそこから弾き出されてしまう。

郊外の国民住宅になると、今度はスラム住民の仕事場や既存の社会的つながりから遠く離れた場所になってしまって、そこでも生活が成り立たない。移転先で仕事がないのに、右から左へ移るというのはなかなか難しいことなのだ。

そんなわけで、スラムがいったん大火に見舞われてしまうと、一瞬にして数千人から数万人もの人たちが路頭に迷って社会問題になってしまうのだ。ピニャハンのスラムが焼け出された今、マニラ首都圏の行政そのものも岐路に立たされていると言っても過言ではない。

ピニャハンで焼け出された住民のうち、どれだけの世帯が最終的に元の土地の近くへ戻れるのかは、まだ誰にもわからない。

だが、これまでのフィリピンの都市部で繰り返されてきた経過を見る限り、多くの世帯が新しい住宅の対象から漏れ、生活の足場を失ったまま別の場所へ移らざるを得なくなる可能性はむしろ高い。

貧しい人たちは、かくして生活の基盤を持たないまま、より深い困窮に落ちてしまうことになる。

ブラックアジア会員募集
社会の裏側の醜悪な世界へ。ブラックアジアの会員制に登録すると、これまでのすべての会員制の記事が読めるようになります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました