
1990年のバブル崩壊で始まった就職氷河期は、若者を「負け組」と切り捨て、貧困を30年以上も放置してきた。結局、「負け犬」と化した若者たちは衝動殺人を行うようになり、今では闇バイトで強盗と殺人をするようになった。追いつめられ「無敵の人」となった者たちによる重大事件はこれからも続き、私たちもいつ被害者になってもおかしくない。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
1993年、日本の社会でいったい何があったのか?
日本社会では、すでに20代〜30代の貧困は当たり前になっている。今さら「若者の貧困」で驚くような人はいない。日本ではすでに貧困は完全に定着したと言っても過言ではない。
若年層が経済的に苦しむようになったのは、1990年代からである。この時期に何があったのか。
日本を覆い尽くしていたバブルの完全崩壊である。1990年に資産バブルが一気に崩れ落ち、1993年にもなると土地バブル、株式バブルに踊っていた企業のほとんどが業績を急激に悪化させていった。
バブルが崩壊したばかりの1990年から1992年までは、まだ「ここで踏みとどまれば、ふたたび日本の陽は昇る」と考える経営者も多く存在していた。そのため、バブルが崩壊していく最中に、さらなる借り入れをして暴落した株式や土地を買い漁る強気な経営者もいた。
ところが、崩壊したバブルは戻らなかった。
高値の不動産や株式をしこたま買い込んだ企業はじわじわと莫大な負債に身動きが取れなくなり、経営が悪化していった。会社の資産や業績が急激に悪化していく中で、ほとんどの企業は自衛のために支出を引き締め、求人を取りやめたり、人減らしをするようになっていった。
そこで起きたのが「就職氷河期」である。就職したくても仕事が見つからない。働きたくても企業が求人しなくなる。
企業はバブル期に大量の人間を採用したのだが、この人員が莫大なコストになって、もはや新規の求人どころではなくなったのだ。
さらに、悪いことが起きていた。この頃からグローバル化による海外進出が本格的に始まっていて、日本企業は新興国との激しい価格競争に巻き込まれて賃金の高い日本人を雇う余裕がなくなっていった。
デリヘル嬢と会う: 彼女は、あなたのよく知っている人かも知れない
日本女性が貧困から風俗の世界に入る姿を見聞きするうちに、彼女たちは実際にはどんな女性たちなのだろうかと興味を持つようになっていた。
働かないで自室に引きこもる人は時代が生み出した
企業はどうしたのかというと、こぞって生産工場を国外に移して途上国の安い人材で製品を製造するようになり、国内の雇用を捨てた。
かくして、若年層は仕事を探しても見つからず親にパラサイト(寄生)しながら、アルバイトのような仕事で細々と生きていくしかなくなった。こうした若者を当時の社会はこのように罵った。
「負け組」……。
誰が彼らを「負け犬」と言っていたのか。それは、バブルが崩壊する以前に就職していた人間たちである。1990年代は、まだ運良く会社に潜り込めた人間がいたので、「就職氷河期で仕事が見つからない人が犠牲になった」という理解がなかった。
特にバブル期であった1986年から1989年までに、引く手あまたで就職できた人たちにとっては、「就職できない」というのは実感できないことでもあった。
この世代は後に「バブル世代」と言われるようになるのだが、彼らにとっては「仕事が見つからない」というのは「遊び回っていたからだろう、自己責任だ」としか思えなかったのだ。
だが、超就職氷河期の波に飲まれて「負け犬」と指をさされた就職氷河期の若年層は、バブル世代の若年層と何が違ったわけではない。違ったのは、就職する時期になって日本の経済環境が大きく激変して、その不運な波をまともに食らったという部分だ。
彼らは翌年には状況が改善されているかもしれないと期待を寄せたが無駄だった。
日本経済は回復せず、状況は後になればなるほど悪くなっていった。莫大な不良債権を抱えた銀行は必死になって貸し剥がしに近い資金回収に走っていたのだが、それでもバブル崩壊に対処できなかったのだ。
その結果、1997年以後は北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が次々と破綻した。株価崩壊で証券会社も立ちゆかなくなり、山一證券も三洋証券も吹き飛んでいった。結局、就職氷河期の若年層は助からなかったのだ。
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アンダーグラウンドで働く多くのデリヘル嬢と会い続けて見えてくるのはそのめくるめく多彩性だった。
この「負のスパイラル」は何を生み出すのか?
引きこもりやニートは、2000年代に入ってから日本の社会問題となったのだが、働かないで自室に引きこもる人たちはこの世代から生まれている。それは、時代が生み出していたのだった。
ちなみに、日本政府は政権を何度も何度も変えながらも日本経済を成長させる方策はまったく採らず、経済縮小(デフレ)させる緊縮財政を強烈に押し進めたので、実質賃金は下がる一方と化して貧困が全世帯に蔓延した。
2010年代に入ると、バブル世代もまたリストラの対象となって路頭に迷うことになる。つまり、就職氷河期の若年層を「負け犬」と言っていた世代も、2010年代には「負け犬」になったのだ。
もちろん、就職氷河期の若年層でも何とか就職活動に成功した人もいる。彼らは自分たちが幸運だったことを感謝し、給料が安かったり昇進しなかったりしても淡々と働いた。
就職に失敗したら、非正規雇用で働くか、引きこもりになるしかないのだが、実際に自分たちの回りを見回すと同年代の若者がそのようになっていた。「雇ってもらう」というのがどれだけ厳しいことなのかを就職活動で骨身に染みた彼らは「正社員」という地位にしがみついた。
その結果、世帯間の格差も広がっていった。何とか就職できて地道に働いて賃金をもらえる人と、低賃金の非正規雇用者や無賃金の引きこもりやニートに、貯金や資産形成に差が生まれるのは当然のことである。
その差が埋めがたいものとして社会問題化するようになったのが2005年頃からだった。この頃になると、「就職できなかった若者たちは本人の責任ではなく社会にも問題があったのだ」という認識が浸透するようになっていた。
それまでは「働けない、食べていけないのは努力が足りないからだ、自己責任だ」という突き放した声も多かったのだが、やっと社会は「時代が働けない若者を生み出していた」ということに気づいた。
だが、気づいたときはもうすでに遅く、若年層の人生は破壊されていた。彼らはまともな仕事を得ることもできないまま30代や40代になり、ますます仕事が見つからなくなっていたのだ。
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路上で男を待つ女、日本全国を流れて性産業で生きる女、沖縄に出稼ぎに行く女、外国から来た女、場末の風俗の女……。流れ者の女たちは、どんな女たちだったのか?
私たちもいつか被害者になってしまう?
そしてバブル崩壊から30年以上も経ち、目立つようになってきているのが、もはや社会のどん底で、どうにもならなくなった人々が、次々と重大事件を引き起こす姿なのだ。
2008年6月8日に起きた秋葉原無差別殺傷事件は、そのプロローグだったかもしれない。東京・秋葉原の歩行者天国にトラックで突入し、通行人を次々と刃物で刺した事件。7人が死亡、10人が負傷した事件である。
犯人は派遣社員として働いていたが、事件直前に解雇(雇い止め)されており、当時「派遣切り」「ロスジェネ」問題の象徴として大きく報じられた。「無敵の人」という言葉が広く使われるきっかけの一つになった事件でもある。
経済的に困窮し、「無敵の人」になった自暴自棄の人間が起こした事件は、2020年代に入ってからも顕著に目立つようになった。
2021年8月6日には小田急線刺傷事件が起きた。小田急線の車内で乗客が切り付けられた事件で、10人が重軽傷を負っていた。犯人は「勝ち組の女性を殺したかった」と事件の動機を話した。この男は、まさに「勝ち組」を殺したかったのだ。
2021年10月31日には京王線刺傷事件、通称「ジョーカー事件」が起きた。調布市を走行中の京王線特急電車内で、24歳の男が刃物で乗客を切りつけたうえ液体をまいて放火し、18人が重軽傷を負った事件である。
2021年12月17日には大阪・北新地ビル放火事件があった。大阪・北新地の心療内科クリニックが入るビルで放火があり、少なくとも25人が死亡した事件だ。犯人自身も死亡しているのだが、生活困窮や社会的孤立が背景として指摘された。
2022年7月には安倍晋三元首相が銃撃されて死亡するという事件もあった。犯人の家庭が宗教団体への高額献金で経済的に破綻していたことが動機として大きく報じられ、経済的困窮と社会への恨みが結びついた事件として論じられている。
そして、今では闇バイトで多くの若者が貧困から凶悪な暴力強盗殺人事件にかかわるようになってしまっている。
これは一過性のことなのだろうか? いや、そうではない。貧困蔓延と格差拡大が問題の根幹に横たわっているのだ。これからも低所得の若者たちが重大事件を次々と引き起こすのは当たり前のことなのだ。
今後も日本の治安はさらに悪化していくことになるのだろう。私たちもいつか被害者になってしまうのかもしれない。







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