◆「趣味は借金、特技は返済」新刊『限界ヒリヒリ』の著者*曼荼羅*さん(1)

続・おちぶれ続けるデブ女の赤字返済日記(死ぬまで生きるフリーランス風俗嬢のブログ)』という有名なブログを運営している女性がいる。

*曼荼羅*(まんだら)さんだ。

このブログは彼女の風俗時代の本音などがぶちまけられている内容なのだが、私がその存在を知ったのは、彼女が性病の話を書いている記事が検索エンジンに引っかかっていたからだった。

普通、風俗嬢は性病の話などは、隠すか、ぼかすのだが、*曼荼羅*さんは自分が性病にかかった話などもあけすけに書いていた。その文章もまた面白い。そんなこともあって、彼女にはずっと注目していた。

彼女は9月1日に『限界ヒリヒリ〜おちぶれ続けるデブ風俗嬢の赤裸々日記』という本を出すのだが、これを機会に歌舞伎町でインタビューを受けてもらった。

それにしても、珍しいのがそのニックネーム(彼女いわくアバターネーム)である。「*」が付く*曼荼羅*だ。普通、女性がこのような〝アバターネーム〟を使うのはあまりない。その時点で、彼女が尋常ではない個性の持ち主であるのがわかる。

私が真っ先に聞いたのも、その由来だった。

「昼職をクビになって、何もかもうまくいかなくなって、鬱状態で動けなくなったときに、仏教の思想に救われたのでこれにしました」

*曼荼羅*さんはそう振り返った。「具体的にどう救われたんですか?」と問うと、彼女は言葉を選びながら「お天道様は見てくれてる、みたいな感覚? 宗教に寄り添ってる人と同じ」「それに、検索したら私にしかたどり着かない名前にしたかった」と答える。

頼れる人間がいない、寄り添えるものが何もない。そうした状況の中で、常に自分のそばに置いておける言葉として選んだのが「曼荼羅」だった。たしかに、*曼荼羅*なんてニックネームはさらさらないだろう。

趣味は「借金」、特技は「返済」

ところで、彼女は鬱状態で引きこもっていたというのだが、その鬱はどこから来ていたのだろうか。

それは家族だったのかもしれない。彼女は自分の家族を「毒家族」と呼び、「発達障害サラブレッドファミリー」と表現した。他人にまったく関心がない家族の中で、幼稚園の頃からすでに「問題児扱い」を受けていたようだ。

人と同じことができない子供として育った経験は、後の学校生活や専門学校での挫折に直結していく。30歳を過ぎてから3回通った美容師の専門学校では、いじめ、学級崩壊、通信制でのモチベーション維持の失敗という、それぞれ異なる理由で通学を断念している。

彼女は自身の趣味を「借金」、特技を「返済」と表現する。

冗談めかした言い方だが、内容は深刻だ。「人生の半分以上は返済に追われてる」「返済しなきゃっていうプレッシャーに追われてないと生きている実感がない」と語る言葉に、私は驚かされっぱなしだった。

30代の頃、貯金ゼロの状態で美容師の専門学校に進学し、学資ローンを組んだ。加えて住民税を放置した結果、給料を差し押さえられる事態に陥った。ちょうどこの時期、彼女は母親との関係が悪化し、首を絞めてしまったことをきっかけに家を出ることを決意する。

行き先はシェアハウスしかなかった。昼は派遣社員として働き、夜は学校、休みの日は飲食店のアルバイトなどで食いつないだが、給料は差し押さえられ、学資ローンの返済も重なり、「カードがないと生きていけない」という自転車操業の生活がここから始まった。

いや、その前に彼女の借金の始まりは20代にさかのぼる。実は25歳の時点で、すでに自己破産を経験している。自己破産をすると新たな借入はできなくなる。ところが彼女は、勝手に母の名前の名義でクレジットカードを作って使っていた。

「借金は趣味」というだけあって借金先はいろいろあって、たとえばコロナ禍では社会福祉協議会の特例貸付を無金利で受けることもしていた。当時、新型コロナウイルスの影響で収入が減少し、生活に困窮している世帯に該当していたためだ。

だが猶予期間が終わると10年の分割返済が始まり、現在も返済が続いている。

今の時点での借金総額は約330万円。クレジットカードへの返済が約200万円、社会福祉協議会への返済が約130万円という内訳だ。別に贅沢しているわけではなく、ただ単に収入と支出のバランスが取れないのだという。

特にリボ払いの金利負担が大きく、年間で40万円ほどが金利だけで消えていくという。「特技は返済」というが、とにかく借金に追われていないと彼女は生きている実感がないのが彼女だった。

ロンドンに留学、夜逃げして大騒ぎ

ところで、高校卒業後、彼女は調理師の専門学校に1年通い、卒業している。就職先は著名な一流ホテルの懐石料理部門だった。名の知れた老舗ホテルへの就職は、料理人としてのキャリアの好スタートに見える。

だが就職前に腎臓を患い、2度の入院と手術を経験していた。復帰後に就職を果たしたものの、体力を要する調理の仕事は腎臓に負担をかけ続け、「この業界は無理だ」と悟って離職を決めている。

次に彼女が選んだのは、以前から憧れていた海外就職だった。

渡航先はロンドン。安価な英会話学校の学生ビザを取得する代わりに、日本人向けの和食店で働くという契約を、日本にいる斡旋業者と結んだ。だが実態は、学校に通う時間などまったく確保されない、労働だけを目的とした違法な仕組みだった。

「これはやばいぞ」と判断した彼女は、渡航からわずか1週間で「夜逃げ」を敢行する。斡旋業者は実家に電話をかけ「行方不明になったから、責任とって学費を返済しろ」と迫ったのだが、父親は「若い娘を行方不明にさせておいてどう責任を取るんだ」と逆ギレしてくれたお陰で無事逃げ切れた。

夜逃げ後、ビザの有効期限が1年分残っていることを利用し、彼女はロンドンにいながら、当時の日本で流行していた「ガールズオンエア」というチャットビジネスで生計を立てた。ノンアダルトのサイトで、男性とチャットで会話するだけで収入を得る仕組みだ。

まれにモザイクなしの股間だけ映像で映してくる人もいたが、「延々とディスっていると、ふにゃふにゃふにゃって縮んでクローズしていった」という。並行して日本の駐在員向けのバーでもアルバイトをおこない、移民の多いカムデンタウンでルームシェアをしながら、1日1食60ペンスのインスタントパスタで食いつなぐ生活を送った。

そこではスコットランド系のシングルマザーが大家を務め、空いた部屋を日本人に貸し出していた。隣室には出版社を辞めて留学に来た22歳前後の日本人女性が住んでいたが、深いかかわりはなかったという。

渡航資金は20万円のみ、貯金はほぼゼロという状態での渡英だった。

3か月ほど続けたこの生活は、「親知らずが痛くなった!」という事情で終わりを迎える。現地で抜歯すると10万円かかると知り、「これじゃ飛行機代じゃん」と判断して一時帰国を決意した。

30回の転職の果てに手持ち資金がゼロに

ロンドンから帰国したとき、彼女は23歳だった。その頃、付き合う相手ができた。結婚を前提に進めていた恋愛だったが、相手がDVとアルコール依存を抱えていたために半年もたたずに破綻する。

その後は美容部員、健康食品会社での借金取り立てのような売掛金回収業務、銀座のママがいる店の手伝いなど、職を転々とした。健康食品会社の仕事は「末期がんの人相手にキノコの商材を売りつける」ものだった。

DVの彼氏と別れたあとは、銀座での勤務中に知り合った男性と付き合うようになった。「相手の正確な年齢はわからないけれど、歳は20歳以上も離れていた。私はファザコンなので年齢差は何とも思わなかった」と彼女は言う。

その相手が「昼職と夜のバイトの収入を合わせた金額を払うから、うちで事務として働きなよ」と持ちかけてきた。結婚を考えたが、相手は既婚者だったことが分かった。

その男との関係を清算した後、彼女は高校時代の同級生の紹介でスマホ修理のアルバイトに就く。だがこのままではいけないと考え、好きな分野である美容にかかわる仕事を探し、脱毛エステの最大手だった「ミュゼ」に就職した。ちなみにミュゼは後に船井電機系列に買収されるも、最終的には経営破綻している。

高校入学の15歳から風俗嬢になる33歳までの職歴を通算すると、アルバイトを含めて30回を超える転職を重ねたと彼女は語る。1社あたりの勤続は半年程度が多かったという。

30代に入ると、状況はさらに悪化する。美容師の専門学校に3回入学しながら3回とも中退し、返済すべき借金、通わなければならない学校、生活のための労働という3つの重圧が同時にのしかかった。

「生きるか死ぬかのどん詰まり」まで追い込まれ、次の返済に充てる手持ち資金がゼロになった。

その時点で、彼女は風俗業界に入る決断を下す。20代は水商売もしていたが、体型の変化から水商売の選択肢はすでに消えていた。最初に選んだのは、「デブ専」のデリヘル店だった……。

なかなか、波乱万丈でハードな人生である。

コメント

  1. 匿名 より:

    「趣味は借金、特技は返済」
    「プレッシャーに追われてないと生きている実感がない」

    なんか、映画みたいにかっこいいセリフです!
    でもやっぱ借金は返した方がいいんじゃ・・・いや、何でもないですw
    ぶっちぎりで、やっちまってください!

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