◆コネも後ろ盾もないインド女優シェルリン・チョプラの激烈な生き残り方とは

インドという国は、いまなお性に対して極端に厳格かつ閉鎖的だ。映画の中でキスシーンを描くことすら長らくタブーとされ、ボリウッド作品では男女が抱き合う場面が花や滝のカットに置き換えられてきた歴史がある。

その国で2012年、1人の女優が世界的なアダルト雑誌「プレイボーイ」のためにヌードを撮影した。インド人女性として初めてのことだった。名前をシェルリン・チョプラという。彼女については、14年前にブラックアジアでも取り上げた。(ブラックアジア:シェルリン・チョプラ。インド女性が雑誌でヌードになる日

その後、しばしば彼女のウワサを聞いているのだが、この14年で彼女もますます過激化しているので、彼女のことを再度、取り上げたい。

彼女は1984年2月11日、南インドのハイデラバードに生まれた女性で、本名はモナ・チョプラという。地元の女子校を出て、女子大に通った。ボリウッドの世襲的な芸能一家とはまったく縁のない、完全な部外者(アウトサイダー)である。

2002年に『Madhuram』で女優デビューを果たしたものの、与えられたのは脇役とカメオ出演ばかりだった。2009年には人気リアリティ番組『Bigg Boss 3』に出演したが、わずか数週間で脱落している。

インドの芸能界では、コネのない女優が主役級にのし上がる道はほとんど存在しない。血縁と人脈がすべてを決める世界だ。彼女の20代は、その壁にぶつかり続けた時間だった。

そこで彼女は2012年に大きな決断をした。それがプレイボーイの撮影だった。この1枚の決断が、インド社会に衝撃を与えた。保守層は激怒し、家族や親族からも批判の声が上がった。

一方で「女性が自分の身体をどう扱うかは本人の自由だ」と擁護する声も湧いた。賛否は真っ二つに割れ、彼女の名前は一夜にしてインド全土に轟いた。ボリウッドの主演女優の座を10年かけて手に入れられなかった女が、たった1回の撮影で国民全員に名前を知らせたのだ。

前回のブラックアジアで取り上げたのは、ここまでの話だった。これは彼女にとっては、始まりに過ぎなかった。

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