タイの農家の82%以上が借金を抱えている。もはやタイ農業は持続不可能なのか?

タイは世界有数のコメ輸出大国でありながら、農家の82%以上が借金を抱えている。国全体の貧困率は劇的に改善した一方、貧困層の79%は今も農村に取り残されている。政府はこれまで13回の債務救済策を打ってきたが農家の借金は減る兆しがない。もはやタイ農業は持続不可能なのかもしれない。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

なぜタイ農家は稲を作るほど貧しくなるのか

タイは世界有数のコメ輸出大国だ。冷凍エビ、缶詰ツナ、缶詰パイナップル、キャッサバと並んで、タイ産米は世界中の食卓に並んでいる。輸出額で見れば、タイの農業は国を支える柱のひとつであり、国際市場における主要な供給国としての地位をすでに何十年も維持してきた。

ところが、その柱を支えている農家自身はまったく豊かになっていない。統計によると、タイの農家の82%以上が借金を抱えている。いや、それよりもっと多い90%以上だという統計すらもある。

輸出統計の好調さと、生産者の家計の実態とが、これほど乖離している産業もめずらしいのではないか。

タイの家計債務はGDP比86.7%に達し、アジアでも最高水準にある。国民が生み出す富のほぼ全額に匹敵する借金を、国民自身が背負っている計算だ。この借金の山の一角を、農家が占めている。

農家一戸あたりの平均借入額は約45万バーツにのぼるという調査結果がある。この金額は、8年間で75%も増えた。しかも、借りている農家の57%が「持続的債務」の状態にある。

これは、返済のめどが立たないまま借金が固定化していることを意味する。さらに、約400万人の農業債務者のうち49.7%が、70歳に達するまでに完済できないと分類されている。

皮肉なことに、タイの貧困率そのものは劇的に改善してきた。1990年に58%だった貧困率は、2020年には6.8%まで下がった。国全体としては明らかに豊かになっている。それにもかかわらず、貧しい人々の79%は今も農村部に住み、その多くが農業世帯だ。国の成長から取り残された層が、農業という産業に集中して残されている。

農業セクターはタイのGDPのわずか8%を占めるにすぎない。ところが労働力の約3分の1がこの産業に従事し、輸出額の15〜20%を生み出している。少ない付加価値を、大勢の人間で分け合っている。

ブラックアジア タイ編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたタイ歓楽街での出会いと別れのリアル。『ブラックアジア タイ編』はこちらから

82%という数字が生まれる仕組み

タイの農家がなぜ借金漬けになるのか。答えは「稲作」というビジネスの資金の流れそのものにある。

種もみ、肥料、農薬、田植え機や収穫機のリース代、燃料代……これらはすべて、収穫の前に支払わなければならない。ところが農家の手元に現金が入るのは、収穫を終えて米を売ったあとだ。支出が先で、収入が後にくる。

これが農家を苦しめている。

つまり彼らは、次の作付けの運転資金を確保するためだけに借りている。ぜいたくのための借金ではない。仕事を続けるための借金だ。問題は、この借入と返済のサイクルが年々厳しくなっていることだ。

肥料や燃料といった生産コストが上がっている。一方で、農家が受け取る米の卸売価格はほとんど上がらない。2026年時点で、タイの米の卸売価格は1トンあたり約7,800バーツにとどまっている。農家自身は1トン1万バーツ程度まで上がれば何とかなると訴えているが、その水準には届いていない。

仕入れ値だけが上がり、売値が動かなければ、利益は圧縮されるしかない。借りた分を返しきる前に、次の作付けのためにさらに借りる。この繰り返しが、多くの農家を恒常的な債務者に変えてしまう。

さらに悪いのは、農家の収入が天候に完全に左右されることだ。

干ばつで収穫が失敗すれば、その年の借金は返せないまま翌年に持ち越される。実際、干ばつによる不作が農家の債務を膨らませてきたことは、複数の調査で指摘されている。農業は本来リスクの高い事業だが、そのリスクを吸収する仕組みがタイの農村金融には備わっていない。

より収益性の高い作物への転換も、機械化による効率化も、新たな資金を必要とする。すでに返済に追われている農家に、その余力はない。結果として低い生産性のまま留まり、収入も上がらず、また借りる。

タイの農業がGDPのわずか8%しか生み出していない理由も、ここにある。生産性の低さは農家個人の努力不足ではない。借金が投資を封じているのだ。

ブラックアジア パタヤ編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
タイが誇る東南アジア最大の歓楽街パタヤ。多くの男たちを引き寄せる売春地帯で生きる女たちと破滅する男。

45万バーツという数字が意味するもの

作付けの季節が始まると、農家はまず種もみを仕入れ、肥料を買う。手元に現金がなければ、農業金融機関か地域の商店から借りるか、あるいは掛け売りで受け取る。次に田植え機のリース代、燃料代が続く。

この時点で、まだ一粒の米も収穫していないにもかかわらず、すでに数万バーツの支出が発生している。

数か月後、収穫期を迎える。ようやく米を売って現金が入る。ところが卸売価格は1トンあたり7,800バーツ前後にとどまる。生産コストの上昇分を差し引くと、手元に残る利益はごくわずかだ。借りた分を全額返せる年は、むしろ少ない。

翌年、また同じサイクルが始まる。

前年の借金が残ったまま、新たな借入が上乗せされる。これを何年も繰り返した結果として積み上がるのが、平均45万バーツという数字だ。8年間で75%増えたという事実は、このサイクルが年を追うごとに悪化していることを示している。

45万バーツが農家にとってどれほどの重さか。タイの農業世帯の年間所得は、地域や規模によって差があるが、多くの零細農家にとってこの金額は年収の数倍に相当する。企業でいえば、年間売上の何倍もの負債を抱えたまま操業を続けている状態だ。

通常なら経営が成り立たない。にもかかわらず農家が稲作を続けられているのは、掛け売り(ツケ払い)という仕組みがあるからだ。地域の商店や資材業者が、収穫後の支払いを条件に肥料や農薬を先渡しする。

この信用がある限り、現金がなくても作付けはできる。だが逆に言えば、この掛け売りが止まった瞬間、農家は米を作ることすらできなくなる。実際、掛け売りが止まれば稲作をやめざるを得ないという声が、タイの農家から上がっている。

彼らの首は絞まりつつある。約400万人の農業債務者のうち49.7%、つまりほぼ半数が、70歳になるまでに借金を返し終えられないと分類されている。返済不能が例外ではなく、標準になっているのだ。

さらに57%の農家が持続的債務の状態にある。これは一時的な資金繰りの悪化ではない。借金が生活の一部として固定され、もはや完済不可能なところにまで到達してしまった。タイ政府はこの状態を放置してきたわけではない。

[復刻版]絶対貧困の光景: 夢見ることを許されない女たち (セルスプリング出版)
インドの貧困地獄から這い上がれない底辺で生きる女たちの壮絶な日々を追う!インドの貧しい女たちの生き様とは?

13回の救済策が農家を救わなかった理由

タイ政府はこれまで、農家の債務を救済するための施策を13回にわたっておこなってきた。債務の一時停止、利子の減免、返済猶予。歴代政権が入れ替わるたびに、似たような措置が繰り返されてきた。

それにもかかわらず、農家の借金は減っていない。むしろ8年間で75%増えた。施策が終わるたびに、農家はふたたび同じ借金の水準に戻っていく。この事実は、これまでの救済策が失敗だったことを示している。

理由は、はっきりしている。これらの施策は、既存の借金を一時的に軽くするだけで、農家の収入そのものを増やす仕組みを持たないからだ。

返済を先延ばしにしても、来年また同じ額を借りなければならない状況が変わらなければ、債務は形を変えて残り続ける。借金の元栓を締めずに、あふれた水をその都度すくっているにすぎない。

専門家からも、こうした一律の債務停止策は根本原因に手をつけていないという指摘が出ている。農家一人ひとりが借金を抱えた事情は異なる。

慢性的な病気の治療費が原因の農家もいれば、子供の学費のために借りた農家もいる。生産性の低い農法から抜け出せずに借金を重ねた農家もいる。事情が違えば必要な対策も違うはずだが、政府の措置はすべての農家に同じ処方箋を配ってきた。

現在のアヌティン政権も、この課題から逃れられずにいる。政府は現状を「生活費危機」という言葉で認めているのだが、政府に打つ手は残されていない。

長年の景気刺激策で財政の余力はすでに乏しく、インフレは中央銀行の目標である1〜3%を突破する見通しだ。中央銀行は政策金利を1%に据え置いているが、それで農家の借金が消えるわけではない。

タイの貧困率は1990年の58%から2020年の6.8%まで下がった。国全体としては成功した。だがその成功から、農村部だけが切り離された。貧しい人々の79%が今も農村に住んでいるという事実が、それを証明している。

ブラックアジア会員募集
社会の裏側の醜悪な世界へ。ブラックアジアの会員制に登録すると、これまでのすべての会員制の記事が読めるようになります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました