
口座の売買・譲渡は犯罪収益移転防止法28条違反であり、有償無償を問わず処罰される。長らく法定刑は1年以下の懲役または100万円以下の罰金だったが、2026年7月10日から罰則が引き上げられた。自分の銀行口座を売るくらい何ともないと思っている人もいるが「社会的抹殺」されると考えた方がいい。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
たった数万円の取引が自分の社会的抹殺に
SNSやメッセージアプリを開けば、「不要な口座を高価買取」「口座を作って送るだけで数万円」という誘い文句がいくらでも転がっている。応じるのは金に困った若者、多重債務者、ヤミ金から融資の条件として口座を要求された困窮者たちだ。
通帳とキャッシュカードを封筒に入れて指定の住所に送り、数万円を受け取る。取引としてはたったそれだけである。だが、この数万円は人生でもっとも高くつく「地獄の過ち」となる。
警察庁の統計では、2025年の特殊詐欺の認知件数は2万7758件、被害額は約1414億円に達し、件数も金額も4年連続で増加した。この巨額の被害金は、犯人自身の口座にはけっして振り込まれない。
振込先はすべて他人名義の口座、すなわち誰かが売った口座である。
特殊詐欺グループにとって他人名義の口座は犯行の生命線であり、だからこそ口座の調達は闇バイトの定番メニューになっている。
実際、2025年上半期だけで、預貯金口座や携帯電話の不正売買など特殊詐欺を助長する犯罪で2442件、1737人が検挙されている。口座の供給源は闇バイトに応募した大学生であり、生活に行き詰まった中年男性であり、闇金に借金のカタとして口座を差し出した多重債務者である。
売った側の言い分は「使っていない口座だった」「犯罪に使われるとは知らなかった」「頼まれて貸しただけだ」といつも同じだ。しかし、金融機関も警察も法律も、そのような言い分をいっさい聞かない。
口座を手放したという事実だけで、すでにアウトなのだ。
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すべての銀行口座が持てなくなる
多くの人間は、口座を売っても「その口座が使えなくなるだけだ」と誤解している。実際に起きるのはそんな生易しいことではない。凍結されるのは「売った口座」ではなく、売った人間の「名義」そのものだ。
端的に言えば、口座の売買が発覚した時点で、その人はそれ以後「すべての銀行口座が持てなくなる」と考えていい。給料が受け取れない。家賃が払えない。もちろん、カードも作れない。
現代日本で銀行口座を持てないというのは、社会のインフラから切り離されるということであり、それはもはや「金融の世界からの死刑宣告」に等しい。しかも、その宣告は数年では終わらない。
口座売買の発覚は、ほとんどの場合、犯罪に使われて発覚する。売られた口座は特殊詐欺の被害金の振込先やマネーロンダリングの中継点として使われるので、被害者が警察や銀行に通報した時点で、その口座には「犯罪利用口座」の烙印が押される。
警察は金融機関に情報提供をおこない、金融機関は振り込め詐欺救済法にもとづいて即座に口座を凍結する。
凍結された口座の名義人は預金保険機構のウェブサイトで公告されるため、自分の名前が「犯罪利用口座の名義人」としてインターネット上に晒される。この公告は誰でも閲覧できる。
強調するが、凍結情報は当該銀行の中だけにとどまらない。全国銀行協会を中心とした金融機関のネットワークを通じて、不正利用口座の名義人情報は業界全体で共有される。
金融庁と警察庁は2024年8月、預金取扱金融機関の業界団体に対して連名で要請を出し、不正のおそれを検知した取引の確認、出金停止・凍結・解約といった措置の迅速化を求めた。
埼玉県警のように、特殊詐欺グループが使う不正口座の情報を地元の金融機関と直接共有する体制を作った警察本部もある。つまり、警察と金融庁と銀行業界が三位一体で「口座を売った人間」を炙り出し、その名義を包囲する網はこの数年でむしろ強化され続けている。
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これは生活基盤の全面停止を意味する
金融機関は犯罪収益移転防止法にもとづき「疑わしい取引」を監視する義務を負っており、口座のモニタリングシステムは年々精緻になっている。
たとえば、普段は残高数千円だった口座に突然数百万円が振り込まれ、直後にATMで引き出されたり、名義人の生活圏から遠く離れた場所で深夜に連続出金されると、金融機関は、それを「疑わしい取引」として検知する。
口座を買い取った犯罪グループは、口座が凍結されるまでの数日から数週間を「使い捨ての消耗品」として使い倒す。名義人が発覚しないまま逃げ切れると考えるのは、この監視網の実態を知らない人間の妄想にすぎない。
口座が凍結された名義人を待っているのは、想像を超える連鎖である。
まず、売った口座だけでなく、同一名義の他の口座もいっせいに凍結・強制解約の対象になる。A銀行の口座を売ったのに、まったく無関係の銀行の口座まで止まる。
給与振込口座が凍結されれば給料が受け取れない。家賃や光熱費や携帯電話料金の引き落としが止まれば、督促と強制解約が連鎖する。クレジットカードの決済口座が死ねば、カードも死ぬ。
生活のすべてが口座を経由して回っている現代社会で、これは生活基盤の全面停止を意味する。
さらに深刻なのは、新規の口座開設が事実上できなくなることだ。別の銀行に行って新しく口座を作ろうとしても、本人確認の段階で共有情報に引っかかり、窓口で開設を断られる。
銀行には口座開設を拒否する自由があり、拒否の理由を説明する義務もない。ネット銀行も同様である。口座売買で凍結歴のある人間は、メガバンクから地方銀行、ゆうちょ銀行、ネット銀行まで、横並びで門前払いになる。
信用情報機関の事故情報、いわゆるカードローンのブラックリストは5年から7年で消えるが、口座売買の記録には明確な保存期限が公表されていない。金融機関の内部データベースに残り続け、10年経っても口座が作れなかった例もある。
問題はまだ続く。売った口座が特殊詐欺に使われた場合、被害者から依頼を受けた弁護士が、口座名義人に対して被害金の損害賠償を請求してくる。判例上、口座を提供した人間は詐欺被害への加担者として賠償責任を負わされる。
口座を売って手にした報酬が5万円でも、請求される賠償額は数百万円、数千万円になることもあるのだ。
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口座売買は懲役3年に相当する犯罪
口座の売買・譲渡は犯罪収益移転防止法28条違反であり、有償無償を問わず処罰される。長らく法定刑は1年以下の懲役または100万円以下の罰金だったが、2026年7月10日から罰則が引き上げられた。
通帳やキャッシュカードを譲り渡す行為は3年以下の拘禁刑または500万円以下の罰金になった。他人から振り込まれた金を別口座に移す行為にも、2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金が新設された。
口座売買は「軽微な違反」ではなく、懲役3年に相当する犯罪として扱われている。国が口座売買を特殊詐欺の根源と位置づけ、本気で潰しにきた証拠である。
さらに恐ろしいのは詐欺罪への発展だ。他人に譲り渡す目的を隠して銀行で口座を開設する行為は、銀行を騙して通帳を交付させた詐欺罪に該当し、法定刑は10年以下の拘禁刑で罰金刑の選択肢すらない。
「口座を作って送るだけのバイト」は、実行した瞬間に詐欺罪の構成要件を満たす。売った口座が特殊詐欺に使われれば詐欺の幇助にも問われ、報酬数万円のために前科がつく。
自衛官が口座売買で逮捕・起訴され、依願退職に追い込まれた事例もすでに報じられている。公務員も会社員も、逮捕の時点で職を失う。
そして最後に残るのが「消えない記録」である。刑事処分は罰金や執行猶予で終わるかもしれない。損害賠償もいつかは払い終わるかもしれない。しかし、金融機関の共有データベースに登録された「口座売買者」の記録には、消える日が来ない。
前科には刑の消滅という制度があるが、銀行の内部情報にはそれがない。20歳で口座を売った人間が、40歳になっても給与振込口座を持てず、現金手渡しの仕事しか選べず、家族名義の口座に依存して生きている。
社会から抹殺されたくなければ、自分の銀行口座を絶対に売るな。







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