
2026年6月24日の夕方、ベネズエラは大地震に見舞われた。地震前から、この国の国民はすでに限界まで追い詰められていた。2025年の年間インフレ率は475.3%を記録し、2017年11月以降つづくハイパーインフレは収まっていない。マドゥロ政権の発足後、国内総生産(GDP)はおよそ75%も縮んでいた。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
多くの建物が崩壊し、道は割れ、ガレキの山
2026年6月24日の夕方、ベネズエラ北西部を2つの大きな地震が襲った。米地質調査所によれば、最初にマグニチュード7.2、その1分足らずあとにマグニチュード7.5の揺れが連続して起きていた。
震源は首都カラカスの西およそ160キロ。
地震の現場では多くの建物が崩壊し、道は割れ、ガレキの山となっている。USGSは死者数の初期推計を1万人から10万人とした。この幅の広さそのものが、現地の被害把握がいかに困難な状態にあるかを物語っている。
この日はスペインからの独立を決定づけた1821年の戦勝を記念する祝日だった。多くの国民が自宅にいた時間帯に、揺れは襲いかかった。屋内にいた人々の上に天井が落ち、家具が倒れた。
ロドリゲス暫定大統領は国家非常事態宣言を発令し、カラカス近郊の空港は閉鎖された。余震も頻発し、当局は建物の倒壊がこのあとも続く恐れがあるとして、住民に屋外へ出るよう呼びかけた。
この地震が突きつけたのは、地盤の問題でも建築技術の問題でもない。
揺れが起きるはるか前から、ベネズエラの国民はすでに限界まで追い詰められていた。2025年の年間インフレ率は475.3%を記録し、2017年11月以降つづくハイパーインフレは収まっていない。
マドゥロ政権の発足後、国内総生産(GDP)はおよそ75%も縮んだ。国の経済規模は、2012年のピーク時の3分の1にとどまる。このマドゥロ政権は半年前に米軍の軍事作戦によって前大統領を拘束されるという異常事態となっている。
今の政権も心もとない。ハイパーインフレで日常を奪われた国民の上に、統治の空白と巨大地震が同時に襲いかかった。
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大統領が拘束された国の、誰のための政権か
ベネズエラの政権は、2026年1月に決定的な転換点を迎えた。第2期トランプ政権がマドゥロ政権への圧力を一気に強め、同月、米軍がベネズエラを攻撃してニコラス・マドゥロ大統領夫妻の身柄を拘束した。
長年「反米の急先鋒」を名乗ってきた政権の頂点が、外国の軍事力によって突然取り除かれたのである。
そのあと大統領代行に就いたのが、元副大統領のデルシー・ロドリゲスだ。だが、彼女の正当性はもとから薄い。そもそも2024年の大統領選挙は、票の集計を含む選挙プロセスの透明性に国内外から強い疑念が投げかけられていた。
マドゥロが勝利したとされたその選挙結果自体が信用されておらず、その政権下で副大統領に任命されたロドリゲスもまた、正当な手続きで選ばれた指導者とは言いがたい。チャベス、マドゥロと続いた人脈が政治と軍を握る図式は、頂点の人物が代わっても変わっていない。
3月、ロドリゲスは11年以上にわたって国防トップを務めたパドリノ国防相を事実上更迭した。1月の米軍作戦にベネズエラ軍が対処できず、大統領拘束を許した責任を問う声が強まっていたためだ。
後任には軍人出身のゴンサレス元内務・法務相が指名されたが、この人物は人権侵害などを理由に米国や欧州連合(EU)の制裁対象となっている。軍と閣僚の顔ぶれを入れ替えなければ政権を保てないという事実が、内部の不安定さを示している。
ロドリゲスは米国が主導する3段階のプロセスに協力する姿勢を見せた。
石油資金の管理を含めた「国の安定化」、市場への公平なアクセスを含めた「復興」、そして「政権移行」である。1月末には米国の臨時代理大使がカラカスに着任し、3月には両国の大使館が正式に再開された。表向きは融和だ。
だが、その協力姿勢は一枚岩ではない。ロドリゲスがあまりにも親米的な姿勢を見せると、国内から突き上げられる。しかし、あまりにも反米的な姿勢を見せると米国から突き上げられる。
いずれにしても、苦しい立場である。
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札束が紙くずになった国で、ドルを持つ者と持たない者
ベネズエラの通貨ボリバルは、すでに通貨としての役割を失っている。ハイパーインフレが何年も続いた結果、現地では支払いの手段としても、価値をはかる物差しとしても、財産をたくわえる器としても、ボリバルは信用されなくなった。
家電量販店の液晶テレビに9億7000万ボリバルという天文学的な値札がつき、コーヒー1杯を飲むのに札束が必要になる。そんな日々を国民は通り抜けてきた。
この絶望の中から生まれたのが、ドルへの乗り換えだ。
憲法上は認められていないにもかかわらず、人々は必要に迫られて米ドルを使いはじめるしかなかった。スーパーでも街角のパン屋でも、ボリバルと並んでドルが飛び交う社会ができ上がったのだ。
米国の電子送金システムZelleを使ったドル払い、海外銀行のデビットカードでの決済をする。都市部では現金に触れる機会すらほとんどないほど、ドルによるキャッシュレス決済が日常になった。
だが、この「ドル化」を経済の回復と読むのは誤りだ。インフレ率の数字が以前より落ち着いて見えるのは、政策が成功したからでも生産が戻ったからでもない。ドルの利用を事実上黙認し、経済活動そのものが縮んだ結果だからだ。
この経済のドル化は新たな格差を生んだ。
国外に親族がいてドルの送金を受け取れる者、ドル建てで給料をもらえる都市部の一部の労働者は、かろうじて生活を守れる。一方で、ボリバルしか手にできない地方の住民や非正規の労働者は、紙くず同然の通貨に縛られたまま取り残された。
同じ国に住みながら、使う通貨が違えば、もはや別の経済を生きているに等しい。ドルを持つ者と持たない者の断絶は急激に広がっていた。
そんな中で、この地震が起きたのだ。
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地震が突き落とす最貧層、救われるのは誰か?
巨大地震は、すべての人を平等に襲うわけではない。倒れた建物の下敷きになりやすいのは、古く、補強もされていない住宅に住む貧しい人々だ。カラカスの斜面に積み重なるように建てられた低所得層の住宅は、もともと耐震の備えなど持たない。
一方、資産に余裕のある層は比較的丈夫な建物に住み、被災しても立て直す資金を持つ。災害が貧富の差をそのまま死者数の差に変える。今回の地震でも、最も大きな代償を払うのは最貧層となる。
復興の資金も、すべての国民に等しく届くとは限らない。
ベネズエラの対外債務は2021年時点で1932億ドルにのぼり、GDP比で276%という途方もない水準にあった。18年間も関係が断たれている国際通貨基金(IMF)との修復も、米国の経済制裁が続くかぎり進まない。
つまり、この国は自力で復興費用をまかなう体力をほとんど持たない。頼みの綱は、再開したばかりの米国との関係を通じた支援と、制裁の緩和だ。
ここに、深刻なねじれが生まれる。被災者への支援も、石油産業の立て直しも、すべて米国との交渉を握る政権の手を通る。すでにベネズエラ国会は、石油産業への民間参入を促す炭化水素基本法の改正を全会一致で可決している。
石油という最大の資源をめぐる資金の流れを握るのは、正当性の薄い暫定政権と、その背後にいる米国だ。復興という名目で動く巨額の資金が、被災した最貧層ではなく、政権の延命や一部の利権に吸い込まれる懸念は、もはや絵空事ではない。
ベネズエラは原油の確認埋蔵量で世界第1位を誇る。本来なら豊かであるはずの国だった。それでも国民が飢え、通貨が紙くずになり、地震で最貧層が真っ先に死ぬのは、放漫な財政、市場を無視した政策、極端な石油依存という政治家のツケが貧困層に回ったからである。
地震は一過性の災害だ。だが、ベネズエラの最貧層が背負わされる打撃は一過性では終わらない。地震でどん底に落とされるのは「ドル」を持っていない者になる可能性がある。皮肉なことに反米国家なのにドルが必要なのだ。
貧困層はそのドルが手に入らない。いったん突き落とされた人間が這い上がるのは、この国では険しそうだ。







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