インドネシアが途上国に転落する日。プラボウォ政権が壊しつつあるものとは?

インドネシア経済が暗転している。これは単純な景気悪化ではない。投資家たちが恐れているのは、インドネシアが1997年から1998年のアジア通貨危機を経て、血の滲む思いで構築してきた「財政規律」と「中央銀行の独立性」が、現在のプラボウォ・スビアント政権のもとで失われつつあるという事実だ。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

インドネシアはまた途上国になる?

東南アジア最大の経済大国であるインドネシアは、2億7000万人を超える人口と豊富な天然資源を抱え、長らく「次の成長エンジン」として世界の投資家から注目されてきた。インドネシアは、今後どんどん成長していく「はず」だった。

だが、そうはならないかもしれない。

この国はニッケルの世界最大の産出国であり、電気自動車(EV)バッテリーの原料供給地として、欧米・日本・中国のいずれからも引っ張りだこだった。GDPは安定して年率5%前後の成長を続け、中間層が拡大し、デジタル経済も急速に発展してきた。

数字だけ見れば、インドネシアは「勝ち組新興国」の典型だったのだ。ところが、2026年5月現在、その評価は大きく揺らいでいる。

株式市場の時価総額は2026年1月のピークから4か月足らずで30%以上下落し、東南アジア最大の株式市場という地位をシンガポールに奪われた。ルピアは対ドルで1998年のアジア通貨危機以来の水準に接近し、2026年1月には一時1ドル=16,985ルピアという歴史的な安値をつけた。

フィッチ・レーティングスとムーディーズはそれぞれ2026年4月に格付け見通しを「ネガティブ」に引き下げ、世界最大の株価指数算出会社MSCIは「新興市場」から「フロンティア市場」への格下げを警告した。

「フロンティア市場」とは何か。簡単に言えば、世界の機関投資家が積極的に投資対象としない「途上国の市場」である。格下げされることは、インドネシアから大量の外国資本が自動的に引き上げられることを意味する。

この警告が出た直後の2日間だけで、インドネシアの株式市場は800億ドル、日本円にして約12兆円の時価総額を失った。金融監督庁(OJK)長官と証券取引所(IDX)CEOが辞任に追い込まれたのも、それほどの衝撃だったからだ。

なぜ、これほど急速に信頼が崩れたのか。プラボウォ政権がすべて悪い。

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成長の「はず」が崩落の危機に

インドネシアの問題は、単純な景気悪化ではない。投資家たちが恐れているのは、インドネシアが1997年から1998年のアジア通貨危機を経て、血の滲む思いで構築してきた「財政規律」と「中央銀行の独立性」が、現在のプラボウォ・スビアント政権のもとで失われつつあるという事実だ。

プラボウォは2024年10月の大統領就任以来、GDP成長率を現状の5%から「2029年までに8%」に引き上げるという野心的な目標を掲げ、巨額の財政支出を伴う政策を次々と打ち出してきた。

子供たちへの無料給食プログラム、国防費の大幅増額、さらには輸出管理の強化……。これらが生み出す財政赤字は、すでに2025年度でGDP比2.92%と、法律で定められた上限3%に肉薄している。

そして2025年9月には、市場に決定的な不安を与える出来事が起きた。

財政規律の守護神として国際的な評価が高かった財務大臣スリ・ムルヤニ・インドラワティが、突然更迭されたのだ。

スリ・ムルヤニはアジア通貨危機後のインドネシア財政再建をになった人物であり、彼女の存在こそが外国投資家にとって「インドネシアは信頼できる」という保証だった。その保証が、大統領の一存で一瞬にしてかき消された。

インドネシアの異変はすでにはじまっている。それが一時的な乱気流なのか、それとも長期的な下降の入口なのかは、まだ誰にも断言できない。ただ、数字は正直だ。外国人投資家は2025年だけでインドネシア国債を64億ドル分純売却した。ルピアは2025年に3.5%下落し、2026年に入ってさらに2%近く下げた。株式市場は3年ぶりの安値圏で推移している。

成長の「はず」が崩落の危機に変わりつつある……。

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投資家を怒らせた三つの失策

財務大臣の更迭だけで、これほどの混乱が起きるものなのか。そう思う人もいるかもしれない。今、投資家たちが恐れているのは、スリ・ムルヤニという個人の喪失だけではない。

彼女の更迭が「これからインドネシアはどういう国になるのか」を象徴するシグナルだったからだ。プラボウォ政権が就任からわずか1年余りで犯した失策は、大きく三つに整理できる。

  1. 財政規律の放棄
  2. 中央銀行の独立性への露骨な介入
  3. 政策の予測不能さ

インドネシアは1997〜98年のアジア通貨危機で通貨が暴落し、IMF(国際通貨基金)の管理下に置かれるという屈辱を経験した。

その教訓から、インドネシアは財政赤字をGDP比3%以内に抑えるという法的な上限を設け、以後20年以上にわたってこれを守り続けてきた。この「3%ルール」こそが、外国投資家にとってインドネシアへの信頼の根拠だったのだ。

ところがプラボウォは就任直後から、この枠組みをなし崩しにしかねない政策を連発した。スリ・ムルヤニはこうした拡張路線にブレーキをかける存在だった。彼女が消えたことで、ブレーキそのものが失われた。

あげくの果てに、中央銀行の独立性への露骨な介入もおこなわれている。

2026年1月、プラボウォは自身の甥であるトーマス・ジワンドノを、インドネシア中央銀行(バンク・インドネシア)の副総裁に指名した。トーマスはそれまで財務省の副大臣を務めていた人物で、中央銀行の金融政策の専門家ではない。

しかもこの人事は、現職の副総裁ジュダ・アグンが任期途中で突然辞任するという不自然な形でおこなわれた。要するに、最悪の形での縁故主義がここで起きたのだ。これで海外の投資家は全員がインドネシア経済に不安を持った。

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インドネシアは投資に値しない国なのか?

市場が即座に反応した。ルピアは指名発表の翌日、1ドル=16,985ルピアという1998年以来の最安値に急落した。

投資家が警戒したのは、トーマス個人の能力ではなく、「大統領の親族が中央銀行を握ることで、金融政策が政治的な圧力にさらされる」という点だった。中央銀行が政権の意向に沿って金利を下げ続ければ、インフレが加速し、ルピアはさらに下落する。その懸念がそのままルピア売りに直結した。

こういうのをやるのがプラボウォ政権だ。投資家にとって、ある程度の悪い政策は許容できる。許容できないのは、次に何が起きるかわからないという不確実性だ。プラボウォ政権は不確実性を連発している。

ニッケル輸出規制の突然の変更、外資規制に関するルールの唐突な見直し、そして国営企業への介入など、事前の説明なしに政策が変わるケースが相次いだ。

フィッチ・レーティングスが2026年4月に格付け見通しを「ネガティブ」に引き下げた際、その理由として明示したのが「新政権下での政策の予測可能性の低下」だった。ムーディーズも同月、同様の見通し変更をおこない、「ガバナンスの弱体化」を根拠として挙げた。

これらの失策は、それぞれ単独でも市場を動揺させるに十分だった。だがプラボウォ政権はこれを短期間に重ねた。「この政権はマズい」と思ったら、外国人投資家がインドネシアに資金を投じる理由なんかない。

むしろ、この将来不透明と化した国から資金を引き上げるのは合理的な判断だ。

すでに述べたとおり、外国人投資家は2025年だけでインドネシア国債を売り飛ばして逃げている。株式市場からの資金流出も止まらず、ルピアは対円でみても過去20年で大きく価値を下げた。状況はもっと悪化するはずだ。

結局、インドネシアは投資に値しない国なのか……。せっかく新興国市場に格上げされたインドネシアはふたたび途上国に転落する日も近いのかもしれない。プラボウォ政権がどうするつもりなのか、固唾を飲んで見守っていきたい。

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