◆ポルノに溺れる男たち。売春地帯に溺れるのとポルノに溺れるのと何が違うか?

私はこれまで、東南アジアの売春地帯をさまよい歩いて生きてきた。今でも売春地帯の女たちには強い憧憬がある。

バンコクの裏路地にひっそりと立っていた女性、カンボジアの貧困地区にいた貧しい女たち、マニラのスラムからやってきた女性、インドの強烈に非衛生な部屋に住み着いた女たち。薄暗い路地の一角。汗と香水の混じった匂い。値踏みするような視線。矯正とカネ。私を見つめる瞳……。

そこにいたのは、まぎれもなく生身の女性であり、熱い肉体だった。

歓楽街に溺れて抜けられなくなった男は多い。だが、カネが尽きれば、もうそこに居続けることができない。あるいは体力が尽きれば終わる。女性に見捨てられても終わりだ。裏社会には裏社会なりの限界というものが存在している。

ところが今は、まったく別の世界が広がっている。

男たちはわざわざ歓楽街に行く必要はない。部屋にこもり、スマホの画面でも見ていればそれで済む。そこには大量のポルノがある。指先ひとつで、無数のセックスを見て刺激を受けることができる。

あまりにも簡単かつ無尽蔵にアクセスできるので、それは新たな依存症を生み出している。ポルノ依存症である。

ポルノ依存症とは性的コンテンツの視聴が制御できず、日常生活・仕事・人間関係に悪影響が出ているにもかかわらず、視聴を続けてしまう状態を指す。10代から70代まで年齢を問わず、さらには男たちだけでなく女たちまで、この依存症になる。

ポルノを見るのをやめられない。過度に見続け、とめることができなくなってしまう。それはパンデミックのように社会の裏側で広がっているのだろう。

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コメント

  1. oyr7290 より:
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  2. horten より:
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