
フィリピン政府は現在、ジプニーや三輪タクシーなど公共交通の運転手に対して燃料費補助の現金支給をおこなっている。これは庶民の足を守る施策として正しいが、対象が広がるほど財政負担は雪だるま式に膨らむ。財政の耐久力がそもそも格段に低い。そこに、中東の出稼ぎ問題もかかわってくる。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
中東のエネルギーと中東の労働市場に依存
「すぐに終わる」と豪語してトランプ大統領が仕掛けたイラン攻撃は、二か月たってもまだ終わらない。最近、トランプ大統領はホルムズ海峡封鎖の長期化も示唆している。現在も、ペルシャ湾には150隻以上のタンカーが立ち往生したままだ。
世界は原油が圧倒的に足りなくなり、徐々に首が絞まりつつある。
ニューヨーク商業取引所の原油先物は、トランプ大統領の発言ひとつで乱高下しているのだが、ふたたび100ドル前後まで上がってきている。これは、東南アジアでも深刻な事態を引き起こしている。
ミャンマーは給油制限が導入された。フィリピンとタイの政府機関は省エネ対策に動き、シンガポールも国民に節電を呼びかけている。インドネシアの首都ジャカルタ近郊では、ガソリンスタンドに30分以上待ちの長蛇の列ができている。
中東で何かが起こると、なぜ東南アジアの庶民の生活がここまで早く崩れるのか。それは、東南アジアという地域そのものが、中東のエネルギーと中東の労働市場に依存して経済を回してきたからである。
だが、同じ東南アジアでも被害は均一ではない。
インドネシアやマレーシアのような産油・産ガス国は、輸出収入で多少の埋め合わせができる。シンガポールは金融ハブとして危機時に資金が集まる側に回る。ベトナムは対米輸出と外資マネーで底堅い。タイは家計債務という別の爆弾を抱えるが、中東依存度自体は限定的だ。
だが、5つの国とは別に、ある1国だけが三本柱のすべてを直撃される位置に立っているのが気にかかる。
その国とは……
ブラックアジア フィリピン編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
現代のソドムとゴモラ。堕落と快楽と貧困とマネーが渦巻くフィリピンの売春地帯を鈴木傾城がさまよい歩く。
余裕のある国は、ほとんど存在しない
現在の中東情勢で非常に脆弱になってしまっている国。それはフィリピンである。経済アナリストの中には、「きわめて」脆弱であると、わざわざ強調してフィリピンを取り上げる人もいるほどだ。
フィリピンは原油の9割超を輸入に頼り、その大半が中東諸国からの調達だ。国内に大規模な油田はなく、精製能力も限られている。平時であれば安定した輸入ルートがあるため問題は顕在化しないが、ホルムズ海峡が詰まった瞬間に、国全体のエネルギー供給が根元から揺らいでしまう。
もっとも、フィリピン以外は安泰なのかと言えば、まったくそうではない。
たとえば、インドネシアやマレーシアは産油国だから安泰だろう、という見方もあるが、それは間違っている。確かに両国は天然ガスの自給率が高い。だが原油に限れば話は別で、インドネシアはすでに純輸入国に転落している。
そして、国内消費の不足分を中東からの輸入で賄っているのだった。マレーシアもガスは輸出できるが、石油製品の需要をすべて国内生産で満たすことはできない。つまり、東南アジアに「エネルギーで余裕のある国」はほとんど存在しない。
タイもエネルギー供給に占める石油・ガスの割合が70%を超えており、輸入が止まれば産業と輸送がいっせいに干上がる。
その中でも、フィリピンが最も深刻なことになっているという話なのだ。
今回の封鎖で起きているのは、原油だけの問題だけではない。ホルムズ海峡を経由する商品は、原油のほかにLNG、LPG、ナフサ、化学製品、肥料と多岐にわたる。ホルムズ海峡経由で輸送される世界シェアの高い品目は石油・ガス関連と化学製品であり、その悪影響はアジア・アフリカなどの新興国で相対的に大きくなる。
アジアのLNG価格は40%超の急騰、LPGは前月比で最大80%の急騰を記録した。LPGの高騰はプラスチック、合成樹脂、化学繊維の製造原価を直撃し、東南アジアの輸出産業の競争力を根こそぎ奪う。
ブラックアジア インド・バングラデシュ編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
不衛生で、暴力的で、極度の貧困の中の売春地帯。この世の地獄でさまよい歩いた衝撃的な記録。
抗議デモが起き、暴動が起き、政権が揺らぐ
インドネシアは発電所燃料のガス利用促進と各部門でのエネルギー効率化を指示した。フィリピンは燃料調達先の多角化を急ぐ。タイは天然ガスの家庭向け優先供給に切り替え、工業向けを通常の約80%に抑制した。
だがこれらはいずれも応急処置であり、根本的な解決策ではない。封鎖が長引けば、応急処置も間に合わなくなる。燃料価格の急騰は、即座に庶民の生活を圧迫する。
すると、どうなるのか。
東南アジアではすぐに抗議デモが起き、暴動が起き、政権が揺らぐ。インドネシアでは2022年に補助金付きガソリンの価格を約30%引き上げた際、全国で大規模なデモが起きた。マレーシアでは補助金付き燃料「RON95」が政治的に手を触れてはならない聖域となっている。タイも、フィリピンも事情は同じだ。
だから各国政府は、原油が上がっても補助金で国内価格を何とか抑え込もうとする。問題は、その補助金の原資が有限だということだ。
フィリピン政府は現在、ジプニーや三輪タクシーなど公共交通の運転手に対して燃料費補助の現金支給をおこなっている。これは庶民の足を守る施策として正しいが、対象が広がるほど財政負担は雪だるま式に膨らむ。
しかもフィリピンはインドネシアやマレーシアと違い、石油やガスの輸出収入がない。補助金の原資を海外からの借入や国債発行に頼るしかなく、財政の耐久力がそもそも格段に低い。
ここで負のスパイラルが回り始める。財政赤字の拡大は通貨の信認を蝕む。投資家は財政悪化を見越して通貨を売る。通貨安はドル建ての原油輸入コストをさらに押し上げる。輸入コストの上昇は補助金負担をさらに重くする。補助金を増やせば財政はさらに悪化し、通貨はさらに売られる。
このループに一度はまると、自力で抜け出すのはきわめて困難だ。そしてこのループの先に待っているのが、国債の格下げである。格付け会社が見るのは、政府の債務返済能力と財政規律だ。燃料補助金の膨張は、まさにその両方を侵食する。
フィリピンの抱えている問題はそれだけではない。もうひとつ、中東に絡んだ深刻な問題がある。
ブラックアジア カンボジア編: 売春地帯をさまよい歩いた日々 (セルスプリング出版)
当時、東南アジア最悪と呼ばれた売春地帯はどんな場所だったのか? 荒んだ売春地帯の愛と別れのリアル。カンボジア編はこちら。
フィリピンを追いつめる決定打とは?
フィリピン経済を語るうえで、海外で働くフィリピン人労働者の存在を抜きにすることはできない。フィリピン中央銀行の統計によると、2025年の海外送金受取額は約376億ドルに達し、GDPの約8〜9%を占める。
この送金は、マニラやセブの高層ビルを建てる投資マネーではない。地方の家族が米を買い、子供を学校に通わせ、病気になったときに薬を買うための、生活の基盤そのものだ。
フィリピンの個人消費はGDPの約7割を占めるが、その消費を下支えしているのが毎月届く海外からの送金である。フィリピン人の出稼ぎ先は世界各地に分散しているが、実は中東湾岸諸国は最大の集積地の一つなのだ。
サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、クウェート……。建設現場の作業員、病院の看護師、家庭の家政婦として、数十万人単位のフィリピン人がこれらの国で働いている。
この彼らの雇用と給与は、もちろん中東の湾岸経済の景気に直結している。原油収入で回る湾岸経済が好調なら雇用は安定するが、原油収入が途絶えれば建設プロジェクトは凍結され、病院の人員は削減され、家政婦の契約は打ち切られる。
そう言えば、私がマニラで知り合った「ジーナ」という名前のフィリピン女性も、中東で働いていた。彼女については、『ブラックアジア売春地帯でさまよい歩いた日々フィリピン編』の「ジーナ。中東に出稼ぎに行き、虐待されていたメイド」に収録している。
フィリピンでは、今もなお多くの女性が中東に出稼ぎに行っている。
世界銀行はすでに、中東経済がイラン紛争で急減速し湾岸諸国の打撃が深刻であると警告している。ホルムズ封鎖はイランだけの問題ではない。ペルシャ湾に面するサウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール、UAEの原油・LNG輸出も、海峡の混乱で出荷が滞る。
湾岸諸国の財政が悪化すれば、真っ先に切られるのは外国人労働者だ。フィリピン人の労働者の帰国ラッシュが始まれば、送金は減少どころか消失に近い打撃を受ける。ホルムズ海峡の閉鎖は一刻も早く開放されなければフィリピンは地獄を見る。
トランプ大統領の無計画で馬鹿げたイラン攻撃のせいで、フィリピンのみならず、東南アジア全域が大混乱に陥りかけている。アメリカとイスラエルとイランの動きは、今後も注視していく必要がある。







コメント
当該記事の本筋から外れた話もしますのでoyrはウザいと思う方はスルーしてください。
私は、ここ何代かの政権は支持していません。ダメな方向でリベラルに傾いたダメな構想の施策をするからです。現政権も同様に支持していません。ただし、なぜダメ政権になるかというと、投票権を持つ国民がダメだからです。
エネルギー備蓄やインフラの整備及び維持については、多くの優秀な政治家と官僚が尽力している。もちろんダメダメな施策はあるが、国民生活が急激に困窮しないよう備えている。今のレベルの国民にしては、はるかに高級な国家頭脳を持てている。それに見合う俸給や待遇は受けていないにもかかわらず。
先の大戦後、マスゴミが執拗に政治に関心を持つ人のイメージを低下させ、(特に民主党政権直前くらいから)官僚が日本をダメにしたというキャンペーンを張ったのはなぜか考えていただきたい。理由はともあれ、優秀な人材が政治・行政の道に進むことを阻害したのは事実。日本を弱体化させたい勢力の思う壺に国民がハマったのですね。
社会を良くしたいと思い立ったところで、岩盤規制などにより徐々に改良をしようとしても実質不可能だと気づく。そこで階級闘争史観に基づく暴力革命に思いが至るのはわかる。私がそうでしたから。
しかしただのデストロイ!の後に民衆が幸福になれる社会が来ないことも、少しでも知能がある人ならわかるはず。
それでも私はここに至ってはデストロイ!しかないのではないかと思っています。
ミンシュシュギを続けるにしても、18歳になってから戸籍上存命している限り投票権を保持できるというのは、普通選挙でなく異常選挙です。資格試験による選別をすべきです。中学校卒業程度の学力を有する、で充分。それを真の意味で習得している人というのは、世界水準で知力がトップレベルのはず。日常の英会話くらいできるはず。実際は、学歴に関わらずかなりの人数が試験に落ちるでしょう。
社会的貢献度によって、年齢制限の特例を設けてもいいでしょう。14歳でも優秀な人には政治に参加させるべきです。