
無事、5月1日より発売されました!
改めてこちらに上げておきます。
堀米正広氏の人生がどうだったのか、そして加藤紘一に対する政治テロはどのように行われたのか、微に細を入れて書かれたのが本書です。知られざる右翼人の人生を描きました。今後も政治テロはかならず起こると思いますが、その観点からもぜひお読み下さい。
5月1日、鈴木傾城の新刊『爆風・灼熱・切腹〜実録!加藤紘一邸を焼き討ちした男、堀米正広』が発売されます。前々著の『病み、闇。』ではオーバードーズにのめり込んでいく若い女性、闇バイトに取り込まれる若い男性の話を書きました。
その中で、第十章では、「貧困が極まっていく日本社会の中では暴力の未来が待っている」という話を取り上げました。貧困が固定化していくと、あまりにも当然のことですが、巨大なルサンチマン(復讐感情)も湧き上がっていくわけです。
そして、このルサンチマンは最後には政治に対する激しい不満を生み出して、その結果として政治テロをも生み出すことになります。時代が政治テロを生み出すと言っても過言ではありません。
そうしたこともあって、『病み、闇。』を書き終わってから、2つのベクトルの最前線をもっと深掘りしたいと個人的に思いました。2つのベクトルとは、以下のものです。
・自分の内側に向かう暴力
・自分の外側に向かう暴力
自分の内側に向かう暴力というのは、さまざまな形があります。それがリストカットであったり、オーバードーズであったり、自殺であったりするわけです。この最前線にいる女性の話をじっくり聞いたのが前著『圧倒的「病み垢」女子』でした。
自分の外側に向かう暴力もまた、さまざまな形があります。それが家庭内暴力であったり、強盗であったり、殺人だったり、政治テロであったりします。
政治家に対する憎悪は沸騰している
政治テロと言えば、2022年に安倍晋三元首相が狙撃された衝撃はまだ記憶に新しいところです。その後も未遂で終わりましたが、岸田首相が狙われたりしています。2025年には選挙活動をおこなっていた立花孝志氏がナタで頭部を切りつけられるという事件もありました。
昨日は、片山財務大臣を標的にした男が、刃物を持って参議院議員会館まで行って逮捕されるという事件もありました。
今後も、政治家を狙った政治テロは100%起こると考えても間違いありません。
理由は最初に書いた通り、至極シンプルです。経済格差が広がり、貧困が広がり、政治の不満が充満し、政治家に対する憎しみが噴き上がるからです。
まして今、日本は長年の馬鹿な政治家のために凋落を余儀なくされており、多文化共生・隠れ移民政策・インバウンド公害で外国からの侵略を「誘致」しているようにも見えるわけで、政治家に対する憎悪は沸騰しています。
そうしたこともあって、政治テロの話を取り上げたいと思ったのですが、それが新刊『爆風・灼熱・切腹』で叶いました。
堀米正広氏は、かつての自民党の幹事長であった加藤紘一の反日極まりない言動に対して激しい怒りを感じて、死を覚悟して加藤紘一の自宅・事務所を全焼させて切腹した人物です。まごうことなき、政治テロであったと言えます。
なぜ生き残ってしまったのかは読んで欲しいのですが、当初は加藤紘一本人を刺して、自分もそこで自決するする計画も立てていました。
しかし、個人では加藤紘一のスケジュールを把握するのは困難な上に、加藤紘一クラスにもなるとボディーガードもいるわけで、刺し殺すのは現実的ではないと考えて、焼き討ちに方向を転じています。
平成18年(2006年)8月15日、堀米氏は焼き討ちを決行しました。このときの状況は本書で微に細を入れて書き記しています。
この事件は当時、右翼の政治テロ事件として大きく報道され、朝日新聞は「政治テロを許さない」として社説を載せて糾弾するほどの社会的衝撃を与えました。

エリートは暴力にはまるで歯が立たない
自分の外側に向かう暴力の多くは、個人的な動機でおこなわれる家庭内暴力・強盗・殺人なのですが、やがて社会そのものへの鬱憤が積み重なっていくと、暴動や過激抗議デモや政治テロに発展していきます。
政治テロが起こると、インテリはみんな揃って「暴力は反則だ、ディベートで決着をつけるべき」と言ったりします。彼らが言論で決着つけるべきというのは、単純に暴力では負けるけれども「口では勝てる」からです。
要するに言論は彼らの舞台であり、彼らのゲームなわけです。
しかし、小賢しい理屈をこねて弱者を愚弄する態度のデカいエリートも、殴られたり、ナイフで切り刻まれたり、刺されたりしたら一瞬で立場が変わります。彼らの「言論」は、暴力にはまるで歯が立たないのです。
そのため、社会の制度を作る彼らは暴力を徹底的に規制して、常に自分たちが安全地帯で常勝できる環境を作り上げたとも言えます。
自分たちの唯一の欠点は暴力に弱いことなので、だからこそ彼らは弱者から暴力を奪うことに終始したとも言えます。それが間違っていると言っているわけではなく、それが彼らが勝ち続けるための枠組みだったと言っています。
エリートたちは、それを逸脱されたら非常に困るわけです。
こうした現実を考えると、言論に長けたエリートを打ち負かすのは、言論に強くなることではなく、別の言語である「暴力」を行使することが唯一の正解となります。彼らのゲームで戦えば最初から負けるのが分かっているのだから、そんなところに出かけるのはそれこそ馬鹿のやることです。
エリートの弱点は、直接的な暴力なのだから、それならば草の根から「別のゲーム」で戦いを挑む人間が出てきても不思議なことでもありません。別のゲームというのは、暴力を駆使するゲームです。
その暴力でモノを言う言語を「肉体言語」と言います。
「行動」を起こす人物が、かならず出てきます
社会を動かしているのは、みんなエリートです。言論を作り上げているメディアもまたエリートです。そのため、社会はエリートが都合の良い社会となっています。それでも、彼らがまともな政治をして、まともな社会を築き上げるのであれば、誰も何も言いません。
彼らは私利私欲をむき出しにして著財を膨らませて格差が広がっても、人々は「そういうものだ」と許容するはずです。
しかし、彼らがあまりにも売国的であったり、属国的であったり、反日的であって、なおかつ日本の伝統や日本の社会をないがしろにするような政治を続けていくのであれば、状況は変わります。
選挙制度も彼らの都合良いように作られていて議員が永久職のようになり、世襲のように続けられて変えられないのであれば、いよいよ「肉体言語」を考える人々が生まれ出てきても不思議ではありません。
ある意味、堀米正広氏の加藤紘一宅焼き討ち事件も、そのような背景の中で起きた事件ではないかと思います。
今後、かならず新たな政治的テロが世界でも日本でも起こります。売国的な言動をする政治家に危機感を覚えた人たちが、みんな黙って状況を見ているわけではなく、「行動」を起こす人物が、かならず出てきます。
社会が経済格差でズタズタになり、日本が凋落していけばいくほど、政治テロを考える人が増えていくはずです。
そういう意味で、加藤紘一宅焼き討ち事件を起こした堀米正広氏の事件を改めて振り返り、どんな人物がどのように事件を起こしたのかを知るのは良い機会ではないかと思います。
『爆風・灼熱・切腹』、ぜひ読んでください。




コメント
予約しました!楽しみです
ありがとうございます!